6話 なかなかに便利な能力のようです


「お父様に、リオンを解雇しないよう直訴してきます!」


 部屋を出て走り、お父様の書斎へと向かう。

 ノックし名前を告げると、すぐに答えが返ってきた。


「イリスかい? 入ってくれ」

「失礼します。……リオンの解雇を、取りやめて欲しいんです」


 告げるとお父様が書類から顔を上げ、困ったように微笑んだ。


「イリスのお願いでも、それは難しいよ。リオンは従者でありながら、おまえの昏倒を防げなかったんだ」

「さっきの昏倒は、完全に私のせいです。調子に乗って魔術を使ってしまったんです」

「それだって、全てリオンのせいだろう?」

「……どういうことでしょうか?」


 まるで心当たりがなかった。


「イリスが急に魔術の練習を始めたのは、リオンの魔術を見たせいだろう?」

「え……?」


 どういうことだろう?

 確かにリオンは、私に魔術を見せてくれたけど……。


「2歳しか年の離れていないリオンが魔術を使えるなら、自分も使えるはずと……。そう思ったからこそ、魔術を練習したんだろう?」

「……違います、お父様。私は自分がどんな魔術が使えるか、気になっただけです」


 あわよくば、死亡フラグ回避に魔術が役立たないかな、と。

 そう考えて魔術を練習していたのだけど、お父様に言うことは出来ず歯がゆかった。


「おまえを責めているわけじゃないんだ。むしろ褒めたいくらいさ。8歳にして、魔術でいくつもの物体を作り出すなんて、普通じゃできないことだからね」


 駄目だ。

 お父様は私の言葉を信じてくれていない。

 私がリオンを庇うために、嘘をついていると思っているのだ。


「リオンがイリスの従者である以上、イリスの昏倒を止められなかったのは間違いなくあいつの落ち度だ。不出来な従者は、かわいいおまえには不要だよ」

「……だとしても、解雇し屋敷から追い出すのは厳しすぎると思います」

「どうしてだい? 厳しく処罰しておけば、次のおまえの従者は、より注意深くおまえの世話をするはずだぞ?」

「私は、リオンが従者のままがいいです」


 リオンがこの屋敷から追い出されたら、病弱な母親と二人で路頭に迷う未来が待っている。

 簡単に受け入れることは出来なかった。


「……どうしてそんなに、リオンのことを庇うんだい?」


 お父様が眉をひそめる。

 私に向けることは珍しい、不機嫌そうな表情だ。

 少し怖いけど、説得を続けることにする。

 

「……リオンの境遇が、他人だと思えないからです。私がお母様を亡くしているのと同じように、リオンは父親を亡くし苦労してい――――」

「ふざけるなっ!! 同じなわけがあるかっ!!」

「っ⁉」


 どん、っと。

 大きな音を立て、お父様が拳を机に叩きつける。

 書類が舞い、ゴブレットからワインが飛び散った。


「……お父様……?」

「……すまない、イリス。少し興奮してしまったようだ」


 顔を手で覆い、お父様がうなだれた。


「だが、覚えておいてくれ。おまえの母親、エレイナは優しく清廉な人間だったんだ。大罪を犯し獄中死したリオンの父親と、同列に語るのはやめてくれ」


 お父様はため息をつくと、気まずさを誤魔化すようにゴブレットへと手を伸ばした。


 ……お父様が感情的なのはもしかして、酒に酔っているせいだろうか?

 お母さまを亡くして以来、酒量が倍以上に増えたと、使用人たちが以前話しをしていた。

 増えたといっても常識的な範囲らしいが、今日は悪酔いしているのかもしれない。

 

 お父様はゴブレットを口に運び、直前で動きを止め呟いた。


「そうだ。今日はまだ、入れていなかったな」


 机の隅に置かれた、小さな陶器の壺を手に取った。

 壺にティースプーンのようなものを入れ、すくった液体をワインへと入れている。

 お父様がワインを飲むところは何度も目にしているが、初めて見る液体だ。


「お父様、それは?」

「……しまった。恥ずかしいところを見せてしまったね」


 ゴブレットを揺らし、お父様が照れくさそうに呟いた。


「私は甘いのが好きなんだ。人前では見栄を張りワインをそのまま飲んでるが、自室では甘く味付けしてるんだよ」


 お父様、甘党なんだ。

 動揺して注意力が落ちていたせいで、私の前でワインを甘くしてしまったらしい。


 ……甘味ということは、蜂蜜か何かだろうか?

 気になり、液体を観察してみると、


《ブドウ果汁のシロップ:酢酸鉛など、鉛化合物を含んでおり甘い》 


 脳内に言葉が浮かんだ。

 すごい。

 自分で魔術が作ったもの以外でも、毒や薬なら種類がわか――――

 

「飲んじゃ駄目ですお父様っ‼」

「なっ⁉」


 咄嗟に、ゴブレットをお父様の手からはたき落とす。

 ワインが飛び散り、書類とお父様の服を赤く汚していく。


「イリス⁉ いきなり何をするんだい?」

「毒です!!」

「何だとっ⁉」


 目を見開き、お父様がワインを見下ろす。


「……どういうことだ? 使用人の誰かが、ワインに毒を盛ったのか?」

「いいえ、違います。そのシロップに、微量の毒が含まれているんです」

「シロップに、使用人が毒を仕込んだということか?」

「それも違います。……たぶん誰も、毒の存在を知らないはずです」


 そう、きっと。

 この世界の人間は誰も、正確な毒の正体を知らないはずだ。

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