5話 お父様は過保護です
「……うーん……よく寝た……?」
ぼんやりとした意識で、むにゃむにゃと目をこする。
今何時?
もう朝だろうか?
「イリス様っ!! お目覚めになられたのですね!!」
「へっ⁉」
メイドが顔を覗き込んでくる。
切羽づまったその様子に、私は目をまたたかせた。
「どうしたの? そんなにあわて……」
言ってる途中で思い出してきた。
私、魔術の使い過ぎで倒れたんだ。
魔力の回復のため、気絶するように眠っていたらしい。
メイドに事情を説明していると、バタバタと足音が近づいてくる。
「イリスっ!!」
「お父様⁉」
駆け寄ってきたお父様に、強く抱きしめられた。
私が目覚めたと知らされ、仕事から飛んできたようだ。
「よかった……!! おまえまで失ってしまったら私はっ……!!」
「お父様……」
……すみませんと呟く。
小さく震えるお父様に、罪悪感がMAXになってきた。
お父様はそれはもう、私のことを溺愛している。
溺愛の理由はきっと、今は亡きお母さまとの関係だ。
お父様とお母さまは政略結婚だったが、愛のある夫婦だったらしい。
お母さまの忘れ形見の私のことを、お父様はとても可愛がってくれているし、私もお父様が大切だった。
つい先日、私は前世の記憶に目覚めたけど、それ以前の8年間の、この世界の記憶もそのまま残っているからだ。
性格の方は……どうだろう?
前世のアラサーの記憶が加わった分、年齢より大人びた自覚はあるけど、人格の大本は変わっていない気がする。
気がするけど……だとしたら少し疑問がある。
ゲームの中のハイティーンの私は高慢で自信過剰、他人を痛めつけることになんのためらいも持たない、絵にかいたような悪役だった。
どちらかと言えば臆病な私とは、ほぼ別人の性格だ。
……この違いは、私の前世の影響なのだろうか?
あるいは、ゲームの中の私も幼少期は今の私のような性格だったけど、甘やかされるうちに悪役そのものな性格に成長してしまったのだろうか?
……なんて、答えのない疑問を、お父様への罪悪感から逃れるように考えていた。
「……お父様、私は大丈夫です。ぐっすり眠ったおかげで、魔力は回復しました」
「……本当かい?」
「はいっ!」
ぎゅーっと力を強めて。
笑顔でお父様の背中を抱きしめる。
あざとい仕草だけど、外見8歳だからセーフだよね?
「……イリスは愛らしいな……」
お父様が優しく目を細めた。
見慣れた表情だけどこうして見るとお父様、かなりイケメンだなー。
やや顔色が悪いけど、それでも十分美形だ。
シルバーの髪に、伏せがちな紫の瞳の組み合わせが綺麗だった。
「イリス、私は仕事に戻るが、今日中は念のため安静にしているんだぞ?」
「はい。お父様も、お仕事頑張ってくださいね」
「勿論さ。イリスの応援があれば百人力だからね」
名残惜しそうにしながら、お父様が去っていく。
その背中を見送る、私の頭には疑問が浮かんでいた。
お父様は貴族として、優秀なお方だった。
私を溺愛するせいで他人を蔑ろにする傾向があるのはどうかと思うけど、公爵としての責務は立派に果たしているはずだ。
……そんなお父様がなぜゲームの中では、盛大に領地経営に失敗していたのだろう?
ゲーム知識によればこの先、とある災いが領地を襲うとはいえ、公爵家であるわが家の領地は豊かだ。
災いの影響があったとしても、私が17歳になるまでの十年弱で、領地経営が致命的になるのは少し不自然だ。
もちろん、公爵であるお父様がいくつも失策を犯せば傾くのも仕方ないけど……。
お父様は今のところ、特別大きな問題も起こさず来ているのだ。
そんなお父様の治める公爵領が、ゲーム中でなぜ無茶苦茶になっていたのか、私には記憶を取り戻して以来ずっと疑問だった。
これから何か、お父様の性格や行動を一変させる出来事があるのかもしれない。
ゲーム中では、悪役の家族でしかないお父様についての記述はほとんど無かった。
これから何が起こるのかわからないけど、注意した方が良さそうだ。
「……そういえばもう夜ね」
部屋には燭台が灯され、窓の外は暗くなっている。
魔術を使ったのが昼前だから、半日近く眠っていたらしい。
そのせいでお父様や使用人に、かなりの心配をかけてしまっていた。
従者のリオンにも、悪いことをしてしまったようだ。
「リオンに謝りたいのだけど、今どうしているの?」
夕食を運んできたメイドに問いかけると、メイドの表情が強張った。
「……リオンは荷造りをしています」
「……どういうことですか?」
不穏さを感じる返答に、私の表情も硬くなっていく。
「旦那様のご命令です。イリス様昏倒の責任を取るため、リオンは従者を辞し、この屋敷を出ていくことになりました」
「なっ……⁉」
そうだ。
お父様は私に過保護だった。
昏倒は私の自業自得だったけど、お父様はそう思ってくれないようだ。
「お父様に、リオンを解雇しないよう直訴してきます!」
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