3話 魔術を使ってみましょう
「あぁぁ~~~疲れた~~~~~~」
一通りリオンと会話をし下がらせた後、私は寝台へと飛び込んだ。
前世の記憶を思い出した影響か、ぐったりと体が重い気がする。
「とりあえずリオンが従者になったけど……」
今後どうしよう?
行動方針を決めるため、『きみとら』の情報を整理した。
『きみとの恋に囚われて』。
攻略対象全員がヤンデレという、癖のある乙女ゲームだった。
「攻略対象はリオン含めて7人……。加えて隠しキャラもいるんだっけ?」
残念ながら前世の私は、「きみとら」を全クリしていなかった。
攻略対象3人目のルートを進めている途中で、肺癌が発覚してしまったのだ。
「リオンのルートも、手付かずだったからなぁ……」
「きみとら」は共通ルートを進めると、各攻略対象ごとの個別ルート分岐する形だ。
各キャラの詳しい事情は個別ルートで明かされていくため、私がリオンについて知っていることは多くなかった。
ゲームのリオンは笑顔で私・イリスに従いつつ、復讐心を研ぎ澄まし行動していたキャラクターだ。
ヤンデレゲーの攻略対象らしく、敵と見定めた私を破滅させるため、物語の裏側で容赦なく動いていたらしい。
「ゲームの中の私は、リオンに復讐されるだけの理由があったものね……」
だとしたら対策はできるはずだ。
リオンへの無茶な命令はできるかぎり避け、恨みを買わないようにすること。
主従として一定の信頼関係を築いておけば、リオン関連の死亡フラグは避けられると期待したかった。
「……あとは他の死亡フラグをどうするかだけど……」
可能な限り攻略対象に近寄らないようにする……のは基本として。
それだけでは不安があった。
ゲームのエンディングでは私が死亡するだけではなく、公爵家ごと破滅している。
私の罪に加え、公爵であるお父様が領地経営を失敗した責任を、まとめて払わされることになったからだ。
これを放置したままでは、いつ破滅するかわからず恐ろしかった。
……幸い私は今8歳で、ゲームのヒロインとも同い年だ。
「きみとら」の舞台は16歳で入学する王立学園であり、エンディングは2年生の最後だから、破滅まで10年くらいの猶予はあるはず。
「手探りでも、やらなきゃいけないよね」
2度目の人生、今度こそ長生きしてみせるのだ。
―――――リオンへ理不尽な仕打ちをせず、公爵家の領地経営を上向ける。
それが今後の私の、行動指針に決定したのだった。
☆☆☆☆☆☆
私はその後二十日程かけ、ゲーム知識と前世の知識を紙に書いていった。
少し時間がかかったけど、忘れないうちにまとめておく必要がある。
「これで思い出せることは、全部書けたはず」
ノートの束を前に達成感を味わう。
ゲーム知識についてまとめたのは一冊だけ。
残りは日々の生活や公爵領の運営に使えるかもしれない、前世の知識のあれこれだ。
「少しでも役立ったらいいのだけど……」
パラパラと、ノートの一冊をめくった。
日本語で書いてあるため、この世界で読めるのは私だけのはずだ。
ノートに記されているのは化学式と生成方法。
前世で学んだ薬学については、かなりのページをとりまとめてあった。
「抗生物質とか、頑張って作ってみるかなぁ」
長生きするためには、何より健康が大切だ。
医療水準が低いこの世界では、ちょっとしたかすり傷が悪化して、命を落としてしまう可能性もある。
前世の日本とまではいかなくても、どうにか医療水準を向上させ、心身ともに健やかに生きたかった。
「薬の研究をするためにも、まずは色々力をつけないとね……」
私はノートを丁寧に仕舞うと、長椅子に座りリオンを近くへと呼んだ。
「リオン、しばらく私の後ろで、様子を見守っていてくれない?」
「わかりました。………何をなさるおつもりですか?」
リオンが問いかけてくる。
あいかわらずの無表情だけど、この二十日間で少しだけ打ち解けたのか、やや口数が増えた気がする。
「魔術を使ってみようと思うの。もしかしたら失敗して、反動で気絶するかもしれないから、注意してて欲しいの」
「イリス様が魔術の練習を? まだ八歳では難しいかもしれません」
「とりあえず、やってみることにしたの。それにリオンだって、もう魔術を使えるでしょう?」
二日前、リオンは私に魔術を見せてくれている。
日中、少し汗ばんだ私のために、小さな氷を出してくれたのだ。
わずか九歳で魔術を使うのは難しいらしいが、そこはさすがの乙女ゲーの攻略対象。
リオンはかなりの才能の持ち主のようだった。
「私もリオンのように、魔術を使ってみたいのよ」
ファンタジーなこの世界には魔力が存在しており、ゲーム中でも魔術が活躍している。
人により扱える魔術は限られるが、上手く使えば強力な力になる。
自分がどんな魔術が使えるのか、早めに確認しておきたかった。
「集中集中、っと……」
長椅子に腰かけ目をつぶる。
体の内側へ意識を傾けると、前世には無かった感覚、魔力の流れを感じた。
全身を流れる魔力を指先に集中させ、体の外へと解き放つ。
「はぁ……。やっぱりこの色かぁ……」
指先に、小さな紫の光が宿っている。
予想通りの結果に、テンションが下がっていくのがわかった。
生まれ持った魔力の性質は、色によって判別できるのだ。
赤、青、黄、緑の4色いずれかの色を帯びるのがほとんどだが、私の魔力は紫だった。
「珍しいですね。どんな魔術が使えるんでしょうか?」
「毒よ」
毒。ポイズン。
それが私の使える魔術だった。
「ものすごく悪役っぽいよね……」
思わず苦笑してしまった。
ゲームの中の私は悪役らしく、ヒロインに毒を使い嫌がらせをしていた。
悪役としては満点だが、物騒なことこの上ない魔術特性だった。
「イリス様、落ち込まないでください。紫の魔力、イリス様の髪と同じ色で、とても綺麗ですよ」
リオンの慰めの言葉が、追い打ちとなって私に突き刺さる。
毒といったら紫。
そんな印象があるせいか、毒使いの私の髪は紫の配色になっているのだ。
髪の色が毒イメージとか、我ながらへこむわぁ……。
せっかくファンタジーな世界に転生したんだから、炎とか氷とか、派手に魔術を使ってみたかったのに……毒。
魔術が使えない人間が多数派だから、使えるだけ恵まれてるのかもしれないけど、文句を言いたいところだった。
「……《毒物生成》」
試しに、ゲームで見た呪文を唱えてみる。
体から何かが抜ける感覚と共に、指先がかっと熱くなる。
空中に紫の魔力が輝き、机の上へ一本の花が落ちた。
「え……? それが毒、ですか?」
「立派な毒草よ」
紫に近いピンクの花弁が美しい花だ。
コルチカム、あるいはイヌサフランと呼ばれていて、種子や花柱、それに球根に毒性があった。
ゲーム中で私は様々な美しい、けれど毒のある花を魔術で作り出していた。
私の魔力は毒に特化していて、毒物であればたいていのものは作り出せるのだ。
念のため確認してみたが、それは今の私も同じようだった。
苦笑し、コルチカムを見ていると――――
《コルチカム:紫の花を咲かせる植物。種子や球根にアルカロイドの1種、コルヒチンを含有している》
「えっ?」
なんだこれ?
頭の中に、ぽっかりと言葉が浮かんできた。
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