2話 従者として受け入れようと思います

 前世の記憶を取り戻した私は、とりあえずリオンに自己紹介することにした。


 先ほど初対面の時は、ゲームの攻略対象である彼を目にした衝撃で、まともな会話も無くその場から逃げ出していたからだ。


「さっきは失礼してごめんなさい。私、イリス・エセルバートよ」

「従者として仕えさせていただくリオンです。よろしくお願いいたします」 


 リオンが抑揚のない平坦な声を返した。

 生気の乏しい姿に、軽く胸が痛んだ。


 リオンは元々、隣国の公爵家の生まれだ。

 容姿と才能に恵まれ、すくすくと育ち一通りの礼儀作法を学んだリオンだったが一年ほど前、8歳の時に生活が一変してしまった。


 父親が多額の横領で投獄され、獄中死してしまったのだ。

 不運はそれだけでは終わらず、一族は財産と領地を取り上げられたうえ、平民へと落とされている。

 リオンの母親も、心労が祟り健康を損ねてしまったらしい。


 ……ここまでは全て、ゲームの知識によるものだ。

 こうしてリオンを目の前にすると、いくつか疑問がわいてくる。 


 礼儀作法が身についているとはいえ、そんな訳ありのリオンが、なぜ私の従者として連れられてきたのだろう?

 ゲームでは触れられなかった事情が気になった。


「お父様、一つお聞きしてもいいですか?」

「なんだ? やはりリオンが気に食わないのかい? とりあえず罰しておこうか?」

「ち、違いますやめてくださいっ‼」


 お父様怖っ‼


 とりあえず生いっとく?

 みたいな軽さで人間を処罰するのはやめて欲しい。

 お父様は私には甘い反面、他人には冷酷で容赦が無かった。


「わかったよ、イリス。気になることがあるなら言ってごらん?」

「……リオンは、とてもお辞儀が上手です。言葉遣いも綺麗でしたし、どこか高位の貴族の方ではないのですか?」

「あぁイリス、賢いね! その通り、リオンの生まれは貴族だよ。今は平民に落ちてしまったが……。リオンの母親は昔エレイナ……おまえの母親と友人だったんだ」

「お母様と……」


 こちらの世界で、私のお母様・エレイナは既に故人だ。

 私が4歳の時、流行り病にかかり亡くなっている。

 残念ながら、小さかった私はお母様のことをよく覚えていないけど、優しい女性だったようだ。


「リオンとその母親は、かつての縁を辿りうちにやってきたんだ。エレイナの友人とその息子とあっては無下にすることもでないだとう? 二人を屋敷に住まわせ、代わりにリオンを従者として雇うことにしたんだが……。イリスが気に入らないなら、二人とも屋敷から追い出そうか?」


 お父様容赦ないな!


 リオンはまだ9歳で、母親は病弱だ。

 この屋敷から放り出されたら、不幸になる未来しか見えなかった。


「いえいえご心配なく‼ 私、リオンのこと好きになれそうです‼」

「……それはそれで気に食わないが……」


 お父様が目を細め、じろりとリオンを見た。


「まぁいい。おまえをイリスの従者として雇ってやるから、くれぐれもイリスの機嫌を損ねないようにしろ。イリスの命令には決して逆らわず、素早く完璧に叶えてやれ。それがおまえの存在する理由だ」

「承知いたしました」


 大人げないお父様の言葉に、子供らしくないリオンが頷いた。

 

 ……ゲームの中のリオンは表向き、それはもう忠実な従者だった。

 その原因の一端が、よーくわかる光景だ。


 私が一人納得していると、お父様は仕事を片付るため去っていった。

 ほっと一息つくと、リオンがじっとこちらを見ていた。


「リオン、どうしたの?」

「イリス様、先ほどは庇っていただきありがとうございます」

「気にしないで。リオンは何も悪くなかったもの」

「……いいえ、僕のせいですよ。僕は罪人の息子、薄汚れた卑しい人間です。イリス様のお父様が、僕を嫌い罰を与えようとするのも当然で――――」


 淡々と言葉を紡ぐリオン。

 自己否定の言葉はかつて彼自身が、周囲の人間に浴びせられた悪口だろうか?

 聞いていられず、思わず私は動いた。


「リオンは汚くなんて無いわ」


 ぎゅっ、と。

 リオンの右手を握った。

 無表情だったリオンの、アッシュブルーの瞳が見開かれた。


「イリス様……?」

「……あなた、そんな顔もできるのね」


 ぽかんとするリオンに、小さく笑いがこぼれる。

 初めて見せる子供らしい表情に、私はほっとしていた。

 

「リオンのこと汚いと思ってたら、こんなことできないでしょ? だから安心して欲しいの」

「………」

 

 リオンは言葉も無く固まっていた。


 ……うーん、上から目線でお節介だったかな?

 でも一応、リオンは私の従者になったわけだし、前世の分も考えると、私の方がずっと年上だからなぁ。

 

「……イリス様は気にしないのですか? 僕の父上が何をしたのか……」

「知ってるわ。けど……」


 ……実はリオンの父親の横領って、冤罪なんだよね。

 ゲームの各ルートで、悪役の私は死亡し実家の公爵家は破滅し、公爵家の使用人は路頭に迷うありさまだ。


 とはいえ、従者であり攻略対象であるリオンまで不幸になるのは後味が悪い……そうゲーム開発陣も考えたようで、救済措置があった。

 各ルートのエンディング付近で、リオンの父親の冤罪が晴らされ、リオンは貴族に戻る筋書きだ。


 ……もっとも、そう言ったゲームの知識を披露することも出来ないので、口にしたのは別の言葉だった。


「……リオンはリオンでしょう? あなた自身が罪を犯したわけじゃないんだから、私は気にしないわ」

「僕は僕……」


 小さな声で、リオンが繰り返した。


「その通りよ。それにリオンは、私の従者になったんだもの。これからリオンへの勝手な悪口は、主の私が許さないわ!」

「……イリス様は、僕なんかを従者にして良いのですか?」

「僕なんか、なんて言わないで。リオンは、お母さまを助けるために働きたいんでしょう? それってとても、立派なことだと思うの」

  

 前世の私が9歳の頃とか、勉強そっちのけで遊びまわってたしね。

 リオンは偉いと思うし、だからこそ私も、彼を従者として受け入れることにしたのだ。


 ……ただ、正直に言うと。

 リオンを従者にせず、遠ざける選択肢も思い浮かんでいた。


 リオンは「きみとら」の攻略対象だ。

 彼と関われば、悪役である私の死亡フラグが立つかもしれない。

 しれないが、今ここでリオンを追い出せば、母親もろとも悲惨な目に合う可能性が高かった。


 ……それは後味が悪いし、最悪の場合はリオンが私とお父様に恨みを抱き、復讐にくる可能性だってあった。

 復讐に怯えるくらいなら主従として仲良くなった方がいいと、そう考えての選択だ。


「リオン、これからたくさん迷惑をかけると思うけど、どうぞよろしくね?」

「……誠心誠意、お仕えさせていただきます」

 

 ――――そうして子供らしくない完璧なお辞儀をして、リオンが私の従者になったのだった。


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