2・書架の
彼はいつでもそこに居て、不在だった
彼はいつでも少年で、大人であった例はない。
そこは昔からある古書店で、彼はそこの店長だ。
いつからあるかは知らないけれど、パパが子供の頃にはあったし、パパのパパが子供の頃にもあった。
パパのパパのパパとは話したことがないけれど、きっとその頃にもあっただろう。
彼はずっと店長だ。
カグヤ店長と呼ばれてる。
本当の名前は誰も知らない。
店の中は本棚でいっぱい。
細長い通路が二本ある。
右も左も本棚の壁だ。
もちろん中には古本がぎっしり。
でも古本と言うと彼は怒る。
染みだらけで手あかのついた今にも崩れそうな本たちは、正しく古書と呼ばないといけない。
中には和綴じのものや蛇腹折りのもの、巻いてる長い紙のものもあって、
それらは特に価値が高いらしい。
どれもミミズののたくったみたいな字で書いてあって読める人なんて居ないのに。
店内はいつも黴臭く、薄暗くって、カサカサしている。
だけどカグヤ店長だけは、いつでもくっきりそこに居る。
利発な少年に特有のしなやかな腕と脚とを持ち、真っ直ぐな背筋と尖った骨、
鋭利な黒い双眸をして、皮肉屋な笑みを口元に刻んでいる。
もちろん唇は薄くて赤い。
髪は漆黒、癖ひとつない艶やかな絹製だ。
古書店なんて営んでいるくせに服装はいつでも洋風で、生成りの開襟に折り目のついた半ズボン、石膏みたいに真っ白な膝が薄暗がりの店内で眩しい。
一見気取った印象でとっつきにくく感じるけれど、話せば意外と気さくな少年だ。
ひやかしは歓迎しないと邪険に言ってのけるけど、実際には暑い日には冷えたお茶だったり寒い時にはホットショコラだったりを出してくれて、おしゃべりにも付き合ってくれる。
ただ難点は誰一人としてお客の顔を覚えようとしない事。
買い物しないのだからお客じゃないと言われてしまえばその通りではあるんだけれど。
彼はけしてぼくらのことを名前で呼ばない。
「君」とか「彼」で済ませてしまう。
自分の名前も教えてくれない。
「店長」でわかるんだからと澄まし顔で言う。
もしかしてそこに重大な秘密があるんじゃないかって、そんなふうに勘繰ってはみるけれど、ほんとのところは誰も知らない。
月影書房の入り口は、中の古臭さに反して瀟洒なガラス窓付きだ。
瑠璃色の夜空に黄色な月が浮かんだステンドグラス。
深い紅色を帯びた木製扉に真鍮の取っ手。
カランコロンとカウベルの鳴りそうな喫茶店風のその入り口が古書店のものだって誰が思う?
大人たちは大抵素通りで、少年ばかりが様子を窺う。
先客が居たら黙って立ち去るのがルールだから。
時々、扉の足元に二匹の猫が陣取っている。
きっと彼らもカグヤ店長の得意客なんだろう。
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