少年幻想

刎ネ魚

1・蔦と

ネムリヅタは、その名の通りに動物を眠りに誘うツル性植物である。

眠りを誘発するのは蜜であり、花の頭に球形の雫状に溜まり、揮発する。

揮発した蜜の中に生き物を眠りへと誘引する成分が含まれているのだ。


ネムリヅタは多く水辺に生息する。

推測するに、揮発性の高い蜜を絶えず作るには多量の水分を必要とするのだろう。

その水に、ある種の薬液を混入させる。

するとネムリヅタは眠りの誘引という役目を果たせなくなる。

ある種の薬とは、植物を鉱物化、或いは金属化させるものである。





予感はあった。

しかし、まさかという思いもあった。

扉を開けた一瞬、眠りに引き込まれ落ちてゆく寸前に、垣間見た気がしたからだ。


要確認。


ネムリヅタを無害化するため薬剤を用いて一週間、そろそろ頃合いかとその場所へ向かった。

長い螺旋状の階段を地下へと降る。

思えばここは、地下であるのに随分と明るい。

まるで場所そのものが発光でもしているかのようだ。

壁、柱、床、すべてが神殿を思わす白亜の石材でできているからなのか。


扉もまた、まったくの白色だった。

飾り気のない純白。

だが精緻な細工の施された淡い陰影を浮かべた純白の扉。


開いた。

――と、ほぼ同時に息を呑んだ。





ネムリヅタ。

捻子ねじ巻く細いツタを這わし、ドクダミに似た葉を茂らせ、小さく白い花をつけるツル性植物。

扉の内側を埋め尽くすそれはみな、鉱物と化していた。


緑のツタはガラス細工の澄明ちょうめいだ。

或いは緑柱石。

繊細に螺旋を結ぶ先までも透き通っている。


円く広がり先を尖らす大ぶりの葉は、さしずめ青い二枚貝。

キラキラと乱反射しながら、そよとも揺れない。

葉脈が潤みを湛えたペリドットの色をしている。


質素ともいえる小さな花たちは、白い雲母に変わっていた。

その中央の頂きに真珠の蜜を飾っている。

今にも震えだしそうで、けして微動だにしない永遠の静止。


扉の中の空間は円形状の舞台であった。

そもそも此処へ至る螺旋階段自体が、円を描いた内壁に沿って巡る形をとっているため、更に内部の空間が円形の床をしてるのは意外ではない。

いわばこの場所自体が巨大な円柱の中なのである。

円柱の中に扉があり、壁に囲まれた部屋がある。ということだ。


部屋は外側と同じく円柱型かと思われたが、見上げる天井は放物線を描いていた。

鳥籠型。

やはり一面真っ白な石材でできている。

純白の鳥籠の中で繁茂し、蔓延はびこる、緑の植物。

今では二度とそのゼンマイを延ばすこともない鉱物のネムリヅタが、部屋の円周から壁に床にと生い茂っている。

いや、石化したそれはもう生きてはいないのか。


円周には水の流れがあった。

ネムリヅタを育成するための水が部屋のぐるりに掘られた溝の中を流れているのだ。

その水さえも、薬液の影響か、チラチラと砂金の混じったように輝いていた。

綺羅らな紺碧。

静止の中の唯一の流動。

音はない。

静謐。


真白な石と、緑の鉱物、真珠を飾った雲英きらの花。

その真ん中に椅子があった。


玉座の如く堂々と、寝椅子の如く穏やかに、祭壇を思わす厳かさで。


要はただの椅子と呼ぶには豪奢で大きく、しかし横たわるには幅が足りない、

そういうひじ掛け付きの背もたれの大きな、結局のところ椅子としか呼びようのない台座が置かれているのである。


そこに、彼が居た。





やはり、と思った。

しかし、まさかとも思った。


ネムリヅタの蜜に毒性はない。

それはただ生き物を眠りへと誘うだけのもの。

だが眠りに落ちた動物の末路はネムリヅタの苗床である。

ネムリヅタの蜜が枯れない限り、眠りは続き、眠り続ける生き物はやがて生き物ではなくなる。

眠りの淵で自覚のないまま、飢えて渇いて死骸となるのだ。





白い玉座――或いは寝椅子、または祭壇――に腰かけて、少年が眠っていた。


蒼褪めた額。

白磁の頬。

鋭角を結ぶ石膏のおとがい


造作は端整そのもので、つまりは作り物なのかもしれない。


スッと通った鼻梁を挟む一対の目は、深く遠く閉ざされている。

碧く血管の透けた薄い瞼。

濃い睫毛は白い。

水晶で紡いだ糸を一本一本、雲母の結晶を混ぜながら植え付けたように生えている。

ほそい前髪が眉を隠して幾筋かが目元に陰を、淡く淡く落としている。


閉じ切らない唇。

ネムリヅタの花を飾った色のない唇。

しかしその奥に、僅かに薔薇の香りの液を滲ませた血色が覗いている。


今にも微かに震えそうな。

震えて、ゆるりと動き出しそうな。

玻璃がこわれる瞬間の、硬質な、透明な、静謐な緊張感。


予感。



鉱物と化したネムリヅタは永遠に静止している。

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