お金が欲しい5

 田辺達は、振り込みの説明をすると、本当に去ってしまった。そのあっさりとした行動に少し拍子抜けをしてしまったと共に逆に何か隠している事や企んでいる事があるのでは無いかと勘ぐってしまう。


 それは、岩波さんも同じだったようで頻りに田辺達の去った方を何度も除き見ては、頭を傾げていた。


「岩波さん、少し落ち着こう」僕は、公園の脇にある自動販売機に行き、五百円玉を入れコーヒーを買う。まだ、ランプはついたままだ。もう一本買えるよな?


「岩波さんは紅茶か何かで良い?」僕の言葉に岩波さんは慌てて、

「いっいえ、お構い無く!!これ以上、何か出して頂くのはっ!!」手をブンブンさせて断ろうとしてくる。何を今更……。


「いいから何?おっ、早くしないとお釣りが出ちゃうよ!!急いで!!」わざと彼女を慌てさせてみた。


「えっ?えっ?えっ?」


「早くー!!」自分でもくさい三文芝居だと思いつつも、彼女には効いたらしい。


「あっあっあの……じゃ、じゃあコーヒーをブラックで」少し恥ずかしがりながら、コーヒーを選択した彼女に、女の子ってコーヒーよりミルクティーとかじゃないの?と勝手に驚いたりしながら、公園のベンチに座り、彼女にも座るように促した。


「すみません、何か色々と……」ブラックコーヒーをゆっくりと本当にゆっくりと飲みながら、岩波さんは少し頭を整理しようとしている様に感じた。


「少しは落ち着いた?」


「少し、本当に少しだけですけど……」


「そっか」缶コーヒーのプルタブを指で弾きながら相づちをうつ。ピンピンと金属音が耳に響いた。僕も少しは落ち着けたのだろうか?


「……どうして、私なんかを助けてくれたんですか?」多分、彼女が一番聞きたい事なんだろう?

 何の利益も無く、三百万の大金を出して見ず知らずの自分を助けてくれるなんて正直、自分を騙そうとしていた田辺よりも、意味が解らないし、気味が悪いのだろう。なんなら、自分の体目当てでとか言われた方が解りやすいんじゃないかな?違うけど。


「気味が悪い?」恐る恐る聞いてみる。


「いえっ!!そんな事は無いですけど……正直、私には理解出来ません」横顔に強い彼女からの視線を感じながら、僕はどう言おうかと迷っていた。


「だよね、自分でもそう思う」コーヒーを一口飲んではため息を吐く。


「理由はいくつかあるんだけど長くなるかもしれない……聞いてくれる?」


 岩波さんは、神妙な面持ちで、コクンと頷いた。キチンと彼女と向き合わないとな。



「あのね?一つは衝動。ただ助けなきゃって思ったって事」


「衝動ですか?それは、何となく、そんな気がしてた、いえしてました」


「別に、ため口で良いよ、そんな年が離れてる訳じゃないし」


「でも……良いのかな?うん、分かった」


「まだ少し硬いけど、まぁ続けるよ」僕の言葉に頷く岩波さん。やっぱり真剣な顔、可愛いな。


「もう一つは、あの三百万は僕にとって、いらないって言うか、なんと言うか……持ってるだけで、そのお金があるだけでイライラしていたんだ」


「イライラする?」


「あぁ、イライラするっていうか、頭にくる」


「頭にくるんですか??」岩波さんは、考え込んでしまう。ワケわからないよな?


「ちゃんと話さないとね。本当に時間が掛かるけど良い?」彼女は、神妙な顔つきで僕の顔を見ている。


 僕は、ゆっくりと自分の事、生い立ち、祖父母の葬式後の事、親戚達が祖父母の遺産を奪い取っていった事、そして、まるで両親や祖父母の思い出が金に変えられたみたいで嫌で嫌でしょうがなかった事。本当は、寄付でもしてしまおうと思っていた事。


 今まで、誰にも話せなかった事が、一度話し始めた事で、決壊したダムみたいに溢れだして止まらない。気がつけば話は一時間以上たっていて、真剣に聞いていてくれる岩波さんの鼻をすする音で、自分がハッとする。


「……ごめん、聞いていて気持ちいい話じゃ無いよね?」やりすぎたかな?彼女の目から、涙が滲んでいるのが見える。僕は会社のジャンパーの内ポケットに入れておいたハンカチを取り出すと、彼女に手渡した。


「ずびばぜん、あまりにも理不尽過ぎて……」岩波さんは、涙をハンカチで拭った。


「これ、洗って返しますね?」彼女の涙で少し湿ったハンカチを大事そうに握りしめた岩波さん、

「私、自分が世界で一番不幸なんだと思ってました」話している内に、また彼女の目から滲む涙。拭ってあげたかったけど、ハンカチは渡した一つしかない。


 仕方ないよな?

「あっ?」岩波さんの小さな声が聞こえた。

 僕は人差し指で、滲む涙を拭う。


「僕の代わりに泣いてくれたんだよな?ありがとう」ぎこちなく彼女に向けて笑うと、彼女は僕の笑顔を見て、

「穗村さん、知り合って間もない私が言うのも何ですけど。」


「その……ちゃんと笑った方が素敵ですよ?」


 言った岩波さんも、言われた僕も顔を赤くして下を向いてしまう。


「あっ、そうだそうだ、元いた所から逃げて来たんでしょ?どこか、泊まる所に当てがあったの?」アハハと笑って話を反らす。まぁそれに、彼女が笑えと言ったんだから、あながち嘘じゃないだろ?


 彼女の動きがピタッと止まる。


「あの……慌ててて、逃げるのに精一杯で後先なんて考えていませんでした!!」最後は、叫び声に近かったなあ。


 えっ?えっ、いや、予想していなかった訳じゃないけど、やっぱり後先考え無しなのか?……。こうなったらお金を渡して、ビジネスホテルにでも泊まって貰おうか?


「差し出がましいのは重々承知ですが……」岩波さんは、僕の両手を握りしめて、


「しばらくで良いんです!!私を貴方のお家に泊めて貰えませんか!?」マジか?僕は今、激しく動揺している。

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