お金が欲しい3

「ねぇ正義の味方さん?」


 田辺の言葉に激しく狼狽える。


「なっ何で僕が?」


 唐突過ぎる田辺の言葉そして、金額が都合が良すぎる、三百万は僕の出せるギリギリの金額。


 そう祖父母と両親が残してくれた、いや違う、あれは両親達が死んで僕に分配されただけの金。

「何ででしょうかね?」楽しそうに薄くにやける田辺にイラッとしながら、

「あんたに僕の何が解るって言うんだ!!」思わず拳を握りしめた。


「さぁどうなんでしょうね?可哀想なお姫様を助けようとする勇者様……とか?」鼻で笑う田辺。


「違う!!」思わず大きな声を出して、周りの子分達の視線に怯んでしまい思わず下を見てしまった。

「僕は弱い人間だ。今だって目の前で困っている人がいるのに結局、何も出来て無いじゃないか!?」

 悔しいというよりは、苦しい。


 何も出来ないのが、苦しい。じいさん達が死んだ時もそうだ。親戚の奴等に良いように言われて、言い返す事も出来なくて、金だけ渡されて、さっさと出て行け。文句すら出て来ない。言葉が、喉元まで出てそこで立ち止まってしまう。


 ああ……言葉が苦しい。


「そうですか?まぁそうですね。見ず知らずの小娘を無条件で助けるなんて、そんなもの勇者でも無ければお人好しでも無い、単なる馬鹿ですけどね」大袈裟にため息をついて首を振る田辺、その口調にイラつきながらも、確かに彼女は可哀想にとは思うが、いくらなんでも三百万円を払ってまでも彼女を助け様なんて思えなかった。


「いい加減にして!!人を売るとか買うとか勝手過ぎる!!」彼女は、精一杯強がるが可哀想に足が震えている。


「馬鹿ですか?変に強がる位なら助けてアピールでもしたらどうですか?」若干、イラつきを含んだ田辺の声。奴は女性の方を見もしないで、僕の方を見る。


「こちらの方に買って頂けたら少なくとも、初出演のAVヴァージンロストドキュメンタリーは回避出来るかも知れませんよ?まぁ、買われた後、何をされるかは知りませんが?」面白そうにプッと笑う田辺に彼女は一言、

「ネーミングセンスの欠片も無いわね?」吐き捨てる様につぶやくと、


「グッ、ほっといて下さい」と田辺は悔しそうに言った。意外に気にしてるんだ。思わず笑ってしまう、


「笑える位に、余裕がでてきた様でなにより。まぁ、彼女はこういう身の上だったのですよ。貴方にその気が無いのなら……残念ですが、これ以上深入りはしない方が良いでしょうね。さぁ、そろそろ行きますよ樹里さん」言うだけ言って去ろうとする彼らの背中に問いかける。


「じゃあ何で彼女の身の上話を僕にしたんだ?」


「何でって、私は貴方はこの事を知るべきだと思っただけですよ。そう、この理不尽さをね」畜生、こいつ僕の一番嫌な所をついて来る。僕の一番嫌いな言葉かも知れない。


「理不尽かよ、でも僕には何も出来ないだろ?彼女を助ける力も……」田辺は振り返らない。


「そろそろ聞き飽きましたよ、何も出来ないなら去れば良いでしょ?ですが、なら何故貴方はここから去らないのです?己の非力さを嘆きながら、己の無力さに悔やんで、」


「何で貴方は、ここにいるのですか?」


 振り向いた田辺の顔は恐ろしいほど、嬉しそうに笑っていた。


 僕は、彼女の顔を見て、それから田辺の顔を真正面から見据えた。


「あぁそうだ、そうだよな?どうせ何も出来ないなら去れば良い、さっさと帰って忘れてしまえば良い!!でも……でも何でだろうな?僕はここから動けない。ここから動きたくないんだ!!」


 僕は彼女を救いたい。彼女だけの為じゃなく僕の為に……僕が前に進む為に。


 心の中に湧き出した言葉は重く鉛の様に、足に絡み付く。


「ほぅ、では貴方はどうするんですか?」更に煽る田辺の言葉を彼女は遮った。


「すっすみません!!お兄さんもう充分です。ここまで気に掛けて頂いてありがとうございました」彼女は悲しそうにお辞儀をした。顔を上げた彼女の涙に濡れた無理やりの笑顔が悲しくて、この理不尽に怒りを覚えた。何でだ?何でなんだよ?


だから、言葉が出た。


「何で諦めるんだよ!!」


不思議に大きな声が出た。


「君は理不尽に負けてしまうんだ!!何も悪い事はしていないのに負けてしまうんだよ!!どう聞いたって君は悪く無い、そうだろ!?」我ながら、底の浅い子供っぽい言葉だ。でも……。


「騙される方が悪い?違うだろ?騙す奴が悪いに決まってる!!」これだけは言いたかった。騙される奴が馬鹿を見るって言葉が大嫌いだったから。


「だったら、どうすれば良いの!!」彼女は僕を見て、悔しそうに両手を強く握り締めた。


「もう良いのよ、どうしようも無いじゃない!!私に何が出来るの?私は弱いの、私は負けたの、もう私に出来るのは、この人達の言うことを聞くだけしか……」


「まだ、あるだろ!!あんたの目の前に!!」しみったれた言葉なんて潰してやる。


「諦めるな、足掻けよ!!こんな事、僕が思っただけじゃ駄目なんだ!!君の言葉が必要なんだ!!」頼むよ、僕の背中を押してくれ、これはお金を払うだけの話じゃない、君の人生を左右する決断なんだ。僕一人じゃ前に進めない。見も知らない女の子を助ける事なんて出来ないんだ。


「駄目だよ、あんな大金……全然知らない人になんて頼めないよ!!」田辺達は、何も動かない。この茶番劇を楽しんでいるのかも知れない。それでも僕は!!


「知らない人じゃない!!もう知った!!関わってしまった!!君の事は何にも知らないけど、知らないふりなんて出来ないんだ!!だから……」半分は自分自身に向けて言った。


「諦めるな!!これ位の事で!!金なんかに負けるな!!なんかに負けるな!!」だから、僕は……。


 沈黙の時間が流れる。これで駄目なら僕には……。


 一度強く握った拳から力が抜けていく。ダメか……。


「けてよ……なら助けてよ!!」


「こんな訳の解らない事なんて、もう沢山!!あなたの名前も何にも知らないけど、お願い……助けてよ……」


 もう一度、拳に力を込める。


 ありがとう、君のお陰だ。樹里さん、貴方には理解できないかも知れないけど、僕はこれで前に進めるよ。本当にありがとう……。


「田辺!!」僕は、叫ぶ!!力を込めて、あのクソッタレ野郎に、もう後には引かない!!


「僕が彼女を買います!!彼女の自由を買います!!」


「三百万円、僕が払います!!」


 田辺は振り返った。うれしそうな笑顔で、


「良く言ってくれました!!ありがとうございます!!ありがとうございます!!」田辺は、両手を大きく開き嬉しそうに笑っていた。笑うって事は相手を威嚇する行為だって誰かが言っていたのを思い出す。


「貴方なら言ってくれると信じていましたよヒーロー!!」








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