お金が欲しい2

「悪いですね。もう少し付き合って頂きますよ」そんな田辺と言う男の声に、苛立ちを隠せずに、思わずにらみつける。


「小僧、誰に向かってメンチ切ってるか解ってるのか」


 女性を取り囲んでいた内の一人が怒る訳でもなくただ、静かに僕に問いかける様に言う。それだけで他の取り巻きの男達の緊張が伝わり、この中での力関係が透けて見えた。一番上が田辺という男で、もちろん僕が一番下だって事も……。僕は、どうなってしまうのだろうか?焦るな落ち着けと、心の中で繰り返し、ようやく少しだけ周りを見る余裕が生まれた。

 ここに来て初めて、女の人の顔をマジマジと見る。


 金髪に近いライトブラウンのロングヘア、濃い目の化粧をしているけど、意外に若いのか?今年で21歳になる僕よりも同じか少し下か?まさか未成年って事は……無いとは言えないか?

 今の状況を考えればこの人の年齢や経歴とか、こちらが考えてる以上に複雑でもおかしく無い。

 それにしても、正直不謹慎だと思うけど、想像以上に美人だ。こいつらが彼女をどう扱おうと彼女にとって良い結果になるはずなんて無いのは何となく解った。


 可哀想に、何とかして助け出さないと……助け出さないと?この状況で?馬鹿じゃないか?無理だろ?

 頭の中でいくら考えて見ても僕が横たわってるか、酷い目に遭ってる未来しか思いつかないのに……。


「南野君、状況を私にも、いやそこにいる彼にも解る様に説明してあげて下さい」

 田辺が、ニッコリ笑って説明を促すと、南野と呼ばれたさっき俺に忠告してくれた厳つい男が促し、隣にいた子分らしい男が一歩前に出て、話そうとする。


!!」空気が凍りつく。


 声を出したのは田辺、温厚そうな今までの印象ではなく激しく強い強者の声そのもので、たった一言であたりの空気を凍りつかせた。

「お前、今なんて言った?」

 田辺が、ゆっくりと南野に近付いて、何の躊躇もなく拳で鼻と上唇の間、いわゆる人中を思い切り殴った。激しい音を立ててのたうち回る南野に田辺以外の全員が青い顔をして子分達は大慌てで南野を介抱する。


 ヤバい、人中って人間の急所の一つだろ?ゼヒゼヒと荒い息を立てて子分二人に抱えられ南野は、多分病院に連れて行かれた。


 女の人は青い顔をして、只々茫然とした顔をしている。


 あれが、僕の数刻後の姿なのかも知れない。人中なんて当たれば運悪ければ簡単に死ぬかも……。


「馬鹿が、俺は南野に説明しろって言ったんだ死ね糞が」田辺は抑揚も無く言うと懐から煙草を取り出すと何故か不味そうな顔をして吸い始める。白い煙が少しこちらに流れてきて、調度吸ってしまい軽くむせた。僕がゴホゴホ咳をしていると田辺がこちらを見て、

「悪いですね。煙いでしょ?やっぱり安煙草は不味いですね」

 誰も一言も喋れない状況で、一人煙草を吹かす田辺、

「馬鹿の代わりに私が説明しましょうかね」


 鼻で笑う様に、田辺は話し始める。俺は恐れつつも、自然を装ってジーンズのポケットに手を入れて何かないかと探り始めた。


「面倒臭いので色々はしょります」何となく自分が言った事が楽しかったのか、田辺はくすりと笑う。薬でもキメてるんじゃないだろうな?


「そこにいる女は新人アイドルの卵と騙して連れてきた女です。確か、もうすぐ十八歳でしたかね?」女、いや少女はうつむいたまま、悔しそうに泣いている。それにしても、まだ十八歳かよ、二十歳にもなって無いのか?


 騙されたと面と向かって言われたのに何も言い返せない悔しさと情けなさでやりきれないのだろう。


 なおも悪魔の様な男は、続ける。


「簡単な物ですよ、アイドルにしてあげる、スターにしてあげる、お金が欲しいんでしょ?契約時で百万あげますよってね」クククと笑い、

「お金欲しいよね?妹の治療費に使ったんだものね?アイドルにして上げますよ?頭にAVがつくかも知れないけどね。ねぇ岩波樹里いわなみじゅりさん」田辺はフフフと静かに笑う、そうか?あいつはわざと岩波樹里さん?に聞かせて、心を折るつもりなんだ。それにしても、妹の治療費?こいつらは人の弱みに……。


「それなのに南野の馬鹿が顔に怪我させやがって。撮影するにしても、仕事させるにしても怪我治るまで時間が無駄になるだろうが」


ここまで来て少し思う。何故あの男、何で俺にまで話を聞かせるんだ?

 何も聞かせ無くたって、何発か殴って、スマホの番号聞いて置けば警察に話すなんて事は無いだろうに。


 僕の心を見透かす様に、田辺は僕を見てニヤリと笑う。その顔はまるでおもちゃを見つけた子供。いや弱った獲物をいたぶるタチの悪い野良猫か?


「ねぇお兄さん、この子このまま騙されて酷い目に遭って行くんですよ?辛い話ですねぇ?酷い話ですよね?」下らない泣き真似をしながら田辺は言う。


「何が言いたいんだ?」


「この子の違約金はね、三百万なんですよ」


「なんで!!契約金は百万じゃない!?」樹里と呼ばれた少女は、反射的に叫ぶが、周りの男達に睨まれ黙る。歯を食いしばって、田辺を睨み付ける。


「契約金が百万だから、違約金も百万ですか?笑わせないで欲しいですよね?」笑いもせずに田辺は言う。


「騙される方が悪いんだよ」


 何の感情もなく田辺から発された言葉は、樹里の心を抉る様に貫いた。彼女はその場で膝を折る。


「僕に何をさせたいんだ?」声が掠れる。なけなしの勇気を振り絞って僕は声を出した。


「この子、三百万で買いませんか?」そして、面白そうに「そーだ今なら、まだ処女ですよ?明日は、保証しませんが……」


「ねぇ正義の味方さん?」


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