第22回 酒浸りの日々

 『天破夢幻のヴァルキュリア』の打ち切りが決まってから、酒量が増え始めた。


 飲んでいないとやっていられなかった。


 確実に売れる作品、などというものが考え出せるなら苦労はしない。そもそも、自分の持ちネタとしては一番面白く書ける自信のあった「水滸伝」で、大惨敗となったのだ。他に出てくるアイディアは、どれもそれを上回るとは思えないものばかりだった。


 会社帰りに飲み、ベッドに打ち倒れ、また出勤して退屈な仕事をこなす。

 そんなグダグダな日々を過ごしていた、ある時、先輩作家から飲みの誘いが来た。

 正直、精神状態的にはあまり気が進まなかったが、色々とお世話にもなっているので、誘いを受けることにした。


 某日某所にて、自分も含めて八名ばかりの作家陣による飲み会が開かれた。

 それぞれが、それぞれの手掛けている作品の話題を出す中、自分は惨めな思いでいた。ついこの間打ち切りが決まったばかりの自分と、次々と新しい作品を世に送り出している先輩諸氏。どこでこの差が開いてしまったのだろう、と苦しんだ。


(ああ、そうか。単純に、自分の書く小説が面白くないんだ)

(いや……自分には、面白い小説を書けない、というほうが正しいかな)


 酒が回ってきた自分は、先輩諸氏の前で、


「最近、筆を折ろうかな、と考えています」


 つい本音をポロリと漏らしてしまった。


 場が静まりかえった。

 誰も、その自分の言葉に対して、軽はずみな発言はしなかった。「筆を折る」とは、すなわち執筆活動をやめるということ。作家としての人生の終焉を表す言葉であり、自殺宣言にも等しいものであった。


 自分をこの飲みに誘ってくれた先輩作家は、ただひと言、こう問うてきた。


「逢巳さんは、それでいいんですか?」


 実にシンプルな問いかけだった。

 それでいいか、良くないか、と問われれば、当然「良くない」に決まっている。


「イヤですね……」

「だったら書きましょうよ」


 この短いやり取りがあったおかげで、自分の執筆意欲は皮一枚で何とか繋がった。


 とは言え、劇的な変化を迎えるわけでもなく、「まだ筆は折らないでもいいか」程度の感覚でしかなかった。


 一度だけ、電撃文庫マガジンに『天破夢幻のヴァルキュリア』の短編寄稿の依頼が来た。なんで今さら、打ち切りが決まった作品の短編なんて依頼してくるんだ、と疑問に思いつつも、とりあえず書くことにした。しかし、もう打ち切りは確定だから、ここで新キャラや新エピソードを出してもしょうがない。悩んだ末に、二巻に登場するヒロイン達を登場させてのお色気コメディを書いた。しょうもないスカスカの内容の短編となってしまったが、その時の自分に書けるのは、それが限界だった。


 再び、酒浸りの日々は続いた。毎年の健康診断では、それまで最悪でも「軽度の異常があるので生活習慣を改善しましょう」程度の判定だったのが、この2016年は「異常を認めるので6ヶ月後に再検査が必要です」という判定となってしまった。


 それでも酒をやめられなかった。


 恋活や婚活も上手くいっていなかった。

 飲みに誘った相手が一時間半も遅刻してきた挙げ句「まだ仕事があるので」と三十分で帰っていったこともあれば、知人から紹介してもらった相手と数回飲んだ後なぜか一方的に音信不通にされたこともあり、「自分が男として魅力が無いから女性に好かれないのかもしれない……」とすっかりパートナー探しの方でも自信を無くしてしまっていた。


 酒に溺れる日々が続き、気が付けば、2016年も半分を過ぎようとしていた。


 そんなある日、知り合いの漫画家・柊えんさんから、一本のメッセージが届いた。それは、素人からプロまでごちゃ混ぜメンバーの漫画サークルで定例的に開催している、飲み会への招待だった。

 すごく行きたい、と思ったが、あいにく開催しているのは毎月第二土曜日だという。この頃、自分は某拳法のスポーツ少年団代表を務めており、その練習日が毎週土曜日夜だったので、なかなか休みを取りづらい状況だった。

 しかし、興味はあった。同じ創作関係でも、漫画を描く人達と交流したことはほとんど無いので、一度会ってみたい、と思っていた。


 その後、チャンスはなかなか訪れず、時はあっという間に過ぎてゆき――


 9月に入ってから、その機会はやって来た。

 ちょうどその月の第二土曜日は、道場が練習休みの日となっていた。柊えんさんにいつもの如く飲み会はあるのかと問えば、


「あります!ありますよ!」


 とメッセージが返ってきた。


 もちろん参加を表明した。どんな人達が待っているのだろうかと、早くもワクワクが止まらなかった。


 そして、この漫画サークルとの飲み会をきっかけとして、自分の執筆活動は新たなステージへと進み始めることとなったのである。

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