第21回 未来を見失った日

 打ち切りの宣告を受けて、私は内心は大きなショックを受けていたものの、その心とは裏腹に、淡々と返事をした。


「そうですか、駄目でしたか」


 ここでへこたれている様子を見せてはいけない、と思っていた。次のチャンスに食らいつくためにも、こいつはタフな作家だ、と担当編集に思わせるようにしないといけない、とばかりに気丈に振る舞っていた。


「じゃあ、また新しい企画を考えないとですね」


 内心の動揺を隠して、あえてあっけらかんと言う。


 しかし、担当編集は沈んだ表情で、こう返してきた。


「それが申し訳ないのですが――」


 担当編集いわく、逢巳花堂という作家は二回連続で、売れ行きが悪いために打ち切りとなってしまった。もうすでに2アウトの状態であり、「売れない作家」のレッテルが貼られている。次も駄目なら3アウトとなり、ブラックリストに名前が載るような形になる。そうなれば今後どんな企画を出しても通らなくなってしまう。すなわち、3本目として出してくる企画は、相当「確実に売れる」というようなものでなければならない。

 つまり、電撃文庫の作家としての生命は、風前の灯火の状態となっている、というわけであった。


 絶望した。「確実に売れる」企画なんて、そんなものこっちが教えてほしいくらいだった。何がヒットを飛ばすかわからない状況で、「確実に売れる」ものを企画するのなんて、無理難題だった。

 あるいは、データ分析などをマメにやっており、「今の流行はこういう系統の小説だ」とか「今後はこういう系統が流行る」と予測を立てられる作家であれば、可能かもしれない。だけど、自分はそこまで器用ではない。


「……わかりました。ちなみに、ペンネームを変えて活動したり、他社で活動したり、といったことはしてもいいのでしょうか?」


 電撃文庫で今後企画を通すのは難しい、と思った私は、早くも別の形での活動を模索し始めていた。だから、あらかじめ担当編集に了解を得ておこうと思った。


「別に、それは構わないです。ただ、正直厳しいと思いますよ。売れていない、という実績は残っているのですから、そういう作家を他社が受け入れてくれるとは思えないです」


 この時の担当編集のアドバイスは、かなり後になって、実際に痛感させられることとなるのだが、それはまた別の回にて話そうと思う。


 そして、担当編集は著者校用の原稿をその場に残して、自身の席へと戻っていった。


 打ち合わせスペースにポツンと一人取り残された自分は、震える手で、原稿を一枚一枚めくっていった。

 正直、2巻の著者校なんてやっていられる精神状態ではなかった。

 編集部のどこかで、誰かが担当の作家さんと電話で打ち合わせている声が聞こえる。ああ、あの電話の向こうの作家にはまだ未来があるんだな、と思いながら、これで終わりとなる2巻の原稿を、ぼんやりとチェックしていく。全てを放り投げ出したい気分だったが、しかし商業ベースに乗るものであるから、適当にチェックするわけにもいかず、なんとか気持ちをしっかりさせて、校正作業を続けた。


 著者校が全て終わった時には、ドッと疲れが押し寄せていた。


 編集部を後にし、飯田橋の駅に向かって、モタモタと歩いていく。足取りは重い。KADOKAWAビルの前にある、うなぎ屋を見て、自分の作品が売れに売れたら自分へのご褒美であそこのうなぎ屋で一番高いものを食べよう、と夢見ていたことを思い返し、もう二度とその機会は無いのだろうな、と思っては、肩を落とす。


 駅が見えてきた。その瞬間、ゾッとするほどの寒気が自分を襲ってきた。


 あそこに行ってはいけない。行ってしまえば、自分は確実に、線路に向かって飛び込んでしまうだろう。そんな気がした。


 タクシーを呼び止め、乗り込んだ。自宅まではだいぶ料金がかかるが仕方ない。今の自分は未来を見失っている。何をしでかすかわかったものではない。

 タクシーの中では、死んだような目で、窓の外を眺めていた。これから自分はどうなるのか、どうすべきなのか、何もかもがわからなくなっていた。


 自宅に着き、両親へ打ち切りのことを伝えた後、倒れるようにベッドの上に寝転がった。

 『ファイティング☆ウィッチ』が打ち切りになった時のようには、涙は出なかった。あまりにもショックが大きすぎて、泣く、ということすら出来ずにいた。


 今の自分が出せる最大限の力をもってしても、散々な結果となってしまった。『天破夢幻のヴァルキュリア』以上の情熱をもって書ける作品が、他にあるとは思えなかった。書きたいネタはたくさんあったが、どれも企画段階で没になるのが目に見えているものばかりだった。


 振り返ってみれば、自分には才能がない。人柄が愛されているわけでもない。熱烈な固定ファンがいるわけでもない。何が売れ線かを調べるような努力も足りていない。プロの作家として不合格としか言いようがない。


(自分は小説を書くことが許されない人間なのかもしれない……)


 誰かを楽しませる小説を書ける、ということが、自分には出来ないと感じ始めていた。


 この日、私は、未来を見失ってしまっていた。

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