ソウルショック

 そしてソフィは語り始めた。まさに真っ黒な職場と仕事の内容を。


「まず、わたくしの身の上話を理解していただく為、女神の仕事についてご説明させていただきます」


「ええ、お願いします」


 ソフィから説明されたのは大体、丸沢も知っている内容だった。

 学生時代にWEB小説で読んだ創作で登場する転生を司る女神の役割とほぼ酷似していたのだ。


「まぁ、どこの誰がバラしたのか知りませんがそちらの世界でもわたくし達のような存在は、有名なようですから」


「いえいえ、貴重なお話をしていただきありがとうございます。大変勉強になりました」


 最もこの知識が実務で役に立つこと自体がまさにファンタジーではある。

 事前説明ですっかり気を良くしたのだろう。ソフィはこれからが本番とばかり、コホンと咳払いした。


「それでは本題に入らせていただきますわ。『世界管理機構』で勤め始めて三ヶ月経った頃でしょうか。おかしいと気付いたのは」


「は、はぁ」


「休日は週休二日、土日祝はお休みと求神きゅうじんにはしかと書かれておりました。けれど、最初の三ヶ月は実地研修だとかで担当世界にて二十四時間シフト制勤務を言い渡されたのです」


 俄然ソフィの口調に熱が入ってきた。神界の時間と週区切りはこっち現実と同じなのかと驚いたが、問題はそこでは無い。


「研修の段階でシフト勤務ですか? 前例が無いことはありませんが、提示された労働条件をこうも破られるとそれは不信感を抱かれたでしょう」


「ええ、ええ。まさにその通りですわ。休日も月に2、3日ぐらいしか無かったし、たまの休みも疲れを取ることぐらいしか出来なくて本当泣きそうでしたもの——」


 まさに絵に描いたような真っ黒ぶりである。現実でも労働条件を詳細に知らせずに長時間過重労働を押し付ける会社はある。それが異世界でもまかり通っていたとは。……それともブラック企業は世界を問わず存在するものなのかと悲しくなった。


「あの……。大丈夫ですか? お身体に不調などは?」


「女神ですから過労死ということは無いのですが……。正直やってられませんわね——」


 休みが少なすぎる故の弊害はやはり神と呼ばれる上位存在にもあるらしい。

 丸沢は悲惨な就業状況を詳細にメモに残す。これらは退職代行を行う時に必要な資料であるからだ。残念ながらシラを切りあまつさえ、こちらを恫喝するような会社も無くは無い。

 

 退職代行業は民間でも行える業務ではある。しかし、最近は悪徳企業側も学習してきたのか、弁護士と提携していない代行業者が適当にあしらわれていることも珍しく無い。


「ソフィ様の悲惨な就業実態はよく分かりました。他に困っていることはございませんか?」


「もちろんまだありますわ。先ほども申し上げた通り、わたくしの担当世界は転生者が無差別に殺し合うバトルロワイヤル世界。他の異世界の魂許容量が満杯の為、転生希望の魂達が生前の肉体を得て転生権利を獲得する為に作られた世界です。だから、一日にやってくる転生者の数が半端ないのですわ」


「半端ないとは?」


「平均でも毎日100人以上……。多いときは1000人捌いたこともございますわね。……正直思い出したくも無いのですが」


 丸沢に女神によって行われる転生の大変さは分からないが、単純労働としても余りにも多すぎる仕事量と判断せざるを得ない。人間ならとっくのとうに過労死しててもおかしく無いだろう。そうでなくても精神に異常をきたすのは間違いない。


「神界は現在未曾有の大恐慌の真っ最中です。何せ神達の仕事にも重要な魂の供給量が減っているのですから」


「供給量が減っているとは?」


「転生してもそのコストに見合う働きをしない魂が増えているからです。ひと昔前なら人生をやり直すことを生きがいに異世界で活躍する魂が殆どでした。転生した魂が異世界で偉業を為す度に神々の信仰が深まるという恩恵が持たらされたのです。しかし、異世界も元の世界と同じくらい世知辛いことが知られるに連れ、ズルやチートといった違法に手を染める魂が後を絶たなくなりました。ようは恩恵をもたらさない魂が増えすぎて、神の信仰が薄れる事態に発展したのです」


 丸沢はソフィの話を聞いて現実に起きたとある金融危機を思い出した。

 学生時代に起きたリーマンショック。住宅バブルの崩壊を機にアメリカ合衆国の投資銀行リーマンブラザーズが経営破綻したことを端に発した世界的金融危機である。


 サブプライム住宅ローン崩壊をきっかけに様々な金融商品が道連れのように下落し続け、資産価値の暴落が起きたのだ。ちょうど就活真っ只中の近所の大学生がスーツを着て決死の表情で、面接に向かう姿をよく見かけたものだ。


 ここ数年の転生者の増加数を見込んで加速度的に設立された転生専門の女神を雇う会社は、信仰という恩恵……資産が減る一方で破産や倒産が相次いでいる。神界始まって以来の大不況であり、神様と言えども不況には為す術も無いとは正に『地獄の沙汰も金次第』である。


「しかし、転生希望者が少なくなったのなら仕事量は減るはずでは?」


「いえ。転生者の面倒を見なければならない神達が破産してるわけですから、持て余した魂を機構が買い取っているのです。転生では無く処分する為に」


「魂を処分? 何故ですか?」


「先日、上位神達の神会しんかいの予算決議でこれ以上の転生者の受け入れは認めないという決議が出ました。よって、既に異世界に転生した魂はともかく、特に優秀ではない例えば生前に大した徳を積んでいない魂は、機構の手によって私の担当世界に送られることになったのです」


 恐ろしい話である。丸沢は無神論者ではあるが、仏教の教えである輪廻転生についてはなんとなく信じていた。しかし、そのような事態になっていたとは、驚きを通り越して同情の念が湧いてくる。


「それが転生者バトルロワイヤル世界ですか。不要な魂を潰し合わせる……まるで蠱毒ですね」


「蠱毒よりも悲惨ですわよ。1%にも満たない勝利者のみが転生する権利を得られる、魂の尊厳を蔑ろにした許せない所業です。——こんな仕事がしたくて女神になったのではありませんわ」


 ソフィの気持ちは痛いほどよく分かった。三ヶ月前、丸沢に退職代行の依頼を頼んできた女性もポツリとこぼしていた。こんな仕事がしたくて、社会人になったのでは無いのだと。


「あの——。ソフィ様に弊社のことをお伝えした女性はどうなったのですか?」


「……魂ごと消滅いたしましたわ。良識ある彼女は悩める私の良き相談相手でございました。けれど、他の愚劣な魂の持ち主によって寝込みを襲われて——」


「——そうでしたか」


 正義感の強かった彼女は少しでも良識ある転生希望者達の現状が良くなるように神達に働き掛けたが、それがバトルロワイヤル世界に送られる口実となったとソフィは告げる。


 

 丸沢の覚悟は決まった。



「貴重なお話ありがとうございました。資料を纏め次第『世界管理機構』にソフィ様の退職について問い合わせたいと思います。機構へはどちらの番号に電話すればよろしいでしょうか?」


「わたくしが直接繋ぎますわ。出来れば明日にでもお願いしたいのですが」


「かしこまりました。それではまた明日——」


 ソフィと明日の時間を調整して丸沢は電話を切った。退職代行業を始めて一年。まさか神様とやり合うことになるとはな——と、武者震いを抑えきれない彼は冷え切ったコーヒーに口を付けた。

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