生まれ変わり

 この日も春次はるつぐさんは、大学を休んだ。母親曰く、「ここ最近、ずっと休んでいる」とのこと。

「大丈夫なの」と母親は心配していた。

「大丈夫だよ。でも、なんだか行く気にならなくて」

「春次はがんばり過ぎなのかもね。たまには休んでおきなね」

「うん。ありがとう」

「お兄ちゃん、今日も休むの?」

 ちょうど入ってきた三男の露文つゆふみさんが、言った。

「うん」

「最近、変だね。正雄まさおお兄ちゃんが心配するよ」

「そうだね。正雄にはすごく心配かけてるかな」

「早くまた元のお兄ちゃんにもどってね」

 そう言って、春次さんの横を通りすぎる。

「……」

 春次さんは、だまって立ちつくしていた。


 家族みんなが出かけて、家には春次さん一人になった。ソファに横になり朝のニュース番組を見ていた。携帯がった。初子はつこさんからだ。春次さんは、電話に出た。

『春次さん、今日も休みなの』

「うん」

『最近ずっと休んでばかりで、ちょっとさみしい』

「ごめんね」

『あ、でも、あやまらなくてもいいよ。無理はしないほうがいいから』

 そして、初子さんは、『栗まんじゅう買ってくるね。六個入りのやつ』と言った。

「わかった。ありがとう」

 と言って、電話を切った。


 玄関のチャイムが鳴った。春次さんが開けると、そこには初子さんがいた。和菓子屋の紙袋をさげていた。

「初子さん」

「春次さん、栗まんじゅう買ってきたよ」

「わあ、ありがとう」

「おうちにおじゃましてもいい?」

「いいよ」

 初子さんを、家にあげた。


 二人ソファに座った。テレビは消された。

「春次さん、何か困ったことでも?」

「うーん、まあ、強いて言えば、最近なんだか変なんだよ」

「変?」

「いつも気にならなかったりしたことが、急にすごく気になったり、前もおばあちゃんのところに行きたくなって、次男と二人で行ったりしてさ」

 初子さんは、だまっていた。考えごとをしていた。その顔は真剣しんけんだった。

 私は、むなさわぎがするのだ。それは、すでに迫ってきているものだった。それはもう、すぐそこまで近づいているのだ。私が、ずっとずっと、おびえていたもの。最近になって、生々なまなましくよみがえってきていたのだ。春次さんが、急におばあちゃんのところに行きたいと言ったときから。いや、その前からだ。春次さんと正雄さんが向き合って話した、あの夜。あのときから、薄々うすうすさとっていた。私は怖かった。あのときからずっと。春次さんには、人間として、生きものとして、怯えるべきものが迫ってきていた。だから、私も怖い。春次さんも内面ではすごく怯えているだろう。

 考えごとをおえた初子さんも、怯えていた。

「もしかしたら、春次さんは、近いうちに、死んでしまうかもしれない」

「……実は、俺もそう思うんだ」

 春次さんは、自身でも、自分の死が迫っていくのを悟っていた。

「……ちょっと待ってて」

 春次さんはそう言って、リビングから出ていった。そして、戻ってきた。手には、ノート。家族には内緒ないしょで、ひそかに書いていたあのノート。

「俺はもうすぐ死ぬかもしれない。だから、このノートに色々と書いているんだ。遺書みたいなもの」

 私の胸がズキズキと痛む。悲し過ぎる。春次さんから、“遺書”なんてものを聞きたくなかった。

「初子さん、ちょっと俺の話、きいてくれる?」

「うん。いいよ」

 春次さんは、話をした。それは、自分が死んで、生まれ変わったら。という話だ。

「ちょっと思ったんだけど、俺が死んだらさ、また何かに生まれ変わるのかな」

輪廻りんね転生てんせいってやつかな。ほら、死んでかえったたましいは、また何度でも生まれ変わるっていう」

「それでいくと、俺が死んで還った魂は、また生まれ変わるってことだよね。俺の生まれ変わった姿って、どうなるんだろうね」

 春次さんは、理想の生まれ変わった姿を言った。生まれ変わっても、人間でいたい。性別は、女の子がいい。女の子になって、女性の服を着てみたいし、お化粧もしてみたい。春次さんも、そういうのに興味があるらしい。それって露文さんの影響からかな。あと、生まれ変わっても栗まんじゅう好きがいいな。これが一番。

 そう言うと、初子さんは笑った。

「やっぱ、春次さんは、栗まんじゅうが大好きなんだね」

「もちろん。もし俺が死んで、また人間に生まれ変わったら、よろしくしてね」

「うん、でも死なないでね。私、まだずっと春次さんといたい」

「わかってるよ」

 私も初子さんと同じ気持ちだ。春次さんには、まだまだずっと生きていてほしい。絶対に死んでほしくない。しかし、わかっていた。現実は、容赦ようしゃしない。そんな想いは、やがてむなしく散ってしまうのだ。


 真っ暗な闇。ほのかな明かり一つすらなく、真っ暗で、何も見えない。春次さんは、ソファに横になり、天井を見ていた。春次さんの心の声は、聞こえない。春次さんは、何を思っているのだろう。

 そのとき、勢いよくドアが開いた。そこから飛び込んできたのは、正雄さんだ。正雄さんは、持っていたノートを投げた。このノートは、春次さんがひそかに書いていたもの。正雄さんに、気づかれてしまったようだ。

「なんだよこれ!」

「……見たのか」

「最近、変だと思ったら……。前に言った意味深な言葉、あの意味がわかった。死ぬってなんだよ。なんでなんだよ」

 バケツをひっくり返す、土砂どしゃり雨のように、正雄さんの目からは涙があふれた。そして、春次さんの近くによった。

「お兄、死ぬなよ。絶対に死ぬな。お兄が死んだら……、みんなどうすんだよ!」

「正雄……」

 春次さんは、正雄さんにきついた。そして、声をもらして泣いていた。

「でも、もう、……無理なんだ。俺はあと少しで死んでしまう。わかるんだ。直感で。そりゃあ、俺だって、死にたくない。もっとみんなと一緒にいたい」

 春次さんは、見上げて、正雄さんの顔を見た。

「正雄、俺が死んでも、また生まれ変わるから、そしたらまた、みんなに会いたい」

 その、“生まれ変わり”って誰のことだろう。

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