亡きおばあちゃんの田舎へ
この日、
「どうして、おばあちゃんのところに?」
「なんだか行ってみたいと思って」
「じゃあ、俺も行く」
二人のやりとりを聞いていた正雄さんが、口を入れた。
「正雄は……大学に行ったら」
「お兄は、休むんでしょ?」
「まあ、たまには
母親はそれを
正雄さんも大学を休み、二人でおばあちゃん家がある田舎へ向かった。田舎に向かうために、電車に乗った。
「春ちゃん」と、おばあちゃんは呼んだ。
そこは、野原だった。すがすがしい陽気の空に、若い緑に
おばあちゃんは、手をふった。「春ちゃん」と呼んで。
──おばあちゃん。
今、春次さんの心の声だろうか。私にも響いた。
「お兄、お兄」
正雄さんの呼ぶ声がする。春次さんは、目を覚ました。
「もうすぐつくよ」
電車の外には、田んぼや畑が広がっていた。そして、どこもかしこも山にかこまれていた。全体的に茶色かった。
田舎についた。春次さんたちが住んでいるところよりもずっと自然
ここが、おばあちゃんの家。
「あー、春ちゃん、正ちゃん。よくきたね」
女性は、二人をおばあちゃんと同じように呼んだ。
「おばさん。どうして俺たちが来るのを知ってたの?」
「お母さんから
「なんだか、おばあちゃんのところに行きたくなっちゃって」
「お姉ちゃんとこね。お
なんと、この女性はおばあちゃんの妹さんだった。
「うん。そのつもり」
「まあ、とりあえず中に入り」
家の中に入ると、まっさきにお
春次さんと正雄さんは、畳の上に正座した。春次さんが、
お仏壇のお
ついたのはお寺。ここにおばあちゃんのお墓があるのだろう。
お寺では、お坊さんが
「
「おや、
お坊さんはけっこう若い人だった。
「そうなの。春ちゃんと正ちゃんが会いたいって」
「おお、お姉さまのお孫さんたちですか。今日は平日ですのに」
「二人とも大学休んで来ました」
「なるほど。そこまでして、おばあさまに会いたかったのですね」
「昔からずっとそうよ。お姉ちゃんのことが大好きで」
「そうですか。では、お姉さまのところに参りましょう」
おばあちゃんのお墓に向かおうと、歩き始めたとき、いままで無口だった正雄さんが、口を開いた。
「行きたいって言ったのは、お兄だけどね」
「でも、正雄も行くって言ったじゃん」
春次さんも反論した。この会話を聞いたおばさんは、元気よく笑った。
「結局、正ちゃんもお姉ちゃんが好きなのね」
川上さんも、ほほ笑ましそうに笑った。
おばあちゃんのお墓の前に
──おばあちゃん。会いにきたよ。なんだか、急に会いたくなった。不思議なことに。
春次さんの心の声が、私にも響いた。まただ。電車で寝ているときにも聞こえた。私にも聞こえるということは、それだけ想いが強いのだろう。
お墓参りをおえると、昼食を食べて、そのまま帰った。
帰りの電車でも、春次さんは眠った。でも、行きのときの夢は、現れなかった。
目が覚めて、ちょうどおりる駅の一つ前の駅にとまっていた。そして、ドアが閉まり、電車が出発した。次の駅のアナウンスが流れた。春次さんは、となりで寝ていた正雄さんを起こした。
二人は無事に
「おかえりー」
末っ子の
「どこにいってたの?」
「田舎のほう」
「いなか?」
「おばあちゃん家」
「へぇー」
リビングでは、照行さんが野球のテレビゲームをしていた。ポテトチップスの
「あー、おかえりー」
ゲームに目をうばわれ、指を忙しく動かしながら、棒読みで言った。そして、手をとめ、ポテチをつまむ。
「ただいま、照行。お菓子食った手でゲームすると、コントローラーべたべたになるよ」
しかし、照行さんは何も返さなかった。春次さんの投げた球は、見事にスルーされた。
家族が寝静まった夜。春次さんは、一人リビングで、ノートに何か書いていた。誰もいない中、そっとドアが開いた。それに気づいた春次さんは、ノートを閉じた。そんなに見られたくないものなのか。
正雄さんだ。少し開いた
「正雄、どうしたの」
すると、もう少しドアが開いた。
「まだ起きてるの?」
「まあ、ちょっとね」
春次さんは、正雄さんをじっと見ていた。
「正雄、ちょっとこっち来て」
いぶかしむも、正雄さんは、言われた通りに春次さんの近くに来た。それでも、少し距離があった。春次さんは、その距離をつめ、正雄さんの目と鼻の先までに近くなった。
正雄さんとの距離が近くなると、春次さんは、手をのばして、正雄さんの頭を優しくなでた。
「な、なんだよ」
正雄さんは、とまどった。私もどうなっているのかわからなかった。
「そういや、下の子たちばかりに目をやってたから、正雄にはあまりこういうことしてこなかったなって」
春次さんは、正雄さんをなでながら言う。
「気持ち悪いな。お兄、なんか変だよ。おばあちゃん家に行くって言い出したときもそうだけど」
「なんだろうね。急に会いにいきたいなって、思った。今もそう。正雄にこうしているのも、やらなきゃなって、急に思ったから。一緒に行ってくれてありがとう」
春次さんは、しばらくの間、ずっと正雄さんの頭をなでていた。
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