亡きおばあちゃんの田舎へ

この日、春次はるつぐさんは、大学を休んだ。母親にそう言ったとき、母親はおどろいた。ちょうど近くにいた次男の正雄まさおさんもだ。理由をたずねると、春次さんは「ちょっとおばあちゃんのところに行ってくる」と言った。おばあちゃん? 急の突拍子とっぴょうしな発言に、母親は、ますますおどろいた。

「どうして、おばあちゃんのところに?」

「なんだか行ってみたいと思って」

「じゃあ、俺も行く」

 二人のやりとりを聞いていた正雄さんが、口を入れた。

「正雄は……大学に行ったら」

「お兄は、休むんでしょ?」

「まあ、たまには田舎いなかでゆっくりするのもいいわね」

 母親はそれを支持しじした。春次さんも、正雄さんの同行をゆるした。

 正雄さんも大学を休み、二人でおばあちゃん家がある田舎へ向かった。田舎に向かうために、電車に乗った。

 

 途中とちゅう、画面が真っ暗になった。そして、明るくなったかと思えば、目の前には、高齢の女性がうつっていた。この人がおばあちゃん。おばあちゃんは、すでに亡くなっているのだろうか。

「春ちゃん」と、おばあちゃんは呼んだ。

 そこは、野原だった。すがすがしい陽気の空に、若い緑にしげ芝生しばふ。そこには、白っぽい花がいっぱいにきつめられていた。ほんのりむらさきがかっていた。これは、紫苑しおんの花だろう。美しい。とても気持ちよさそうな景色だった。だが、私はゾッとした。この気持ちよさそうな景色が、気持ち悪かった。この景色のまんなかに、おばあちゃんが立っていた。

 おばあちゃんは、手をふった。「春ちゃん」と呼んで。


──おばあちゃん。


 今、春次さんの心の声だろうか。私にも響いた。


「お兄、お兄」

 正雄さんの呼ぶ声がする。春次さんは、目を覚ました。

「もうすぐつくよ」

 電車の外には、田んぼや畑が広がっていた。そして、どこもかしこも山にかこまれていた。全体的に茶色かった。

 田舎についた。春次さんたちが住んでいるところよりもずっと自然ゆたかかな場所だ。

 

 ここが、おばあちゃんの家。年季ねんきの入った木造もくぞうの家だ。家の門の前には、高齢の女性が立っていた。もちろん、二人のおばあちゃんとは別の。

「あー、春ちゃん、正ちゃん。よくきたね」

 女性は、二人をおばあちゃんと同じように呼んだ。

「おばさん。どうして俺たちが来るのを知ってたの?」

「お母さんから連絡れんらくがきてね。びっくりしちゃった。どうしたの、そんな急に」

「なんだか、おばあちゃんのところに行きたくなっちゃって」

「お姉ちゃんとこね。おはかにも行く?」

 なんと、この女性はおばあちゃんの妹さんだった。

「うん。そのつもり」

「まあ、とりあえず中に入り」

 

 家の中に入ると、まっさきにおぶつだんがおいてある、たたみの部屋に行った。お仏壇の手前には、あのおばあちゃんが写った遺影いえいがおかれていた。

 春次さんと正雄さんは、畳の上に正座した。春次さんが、金物かなものの器をぼうでたたいた。キーン。と音がすると、すぐに棒をおいて、手を合わせて目を閉じた。


 お仏壇のおまいりがおわって、しばらくして、お墓のほうに出かけた。おばあちゃんの妹のおばさんの車に乗って。

 ついたのはお寺。ここにおばあちゃんのお墓があるのだろう。

 お寺では、お坊さんが境内けいだい掃除そうじしていた。

川上かわかみさん」

「おや、沢村さわむらさん。お姉さまのお墓参りですか」

 お坊さんはけっこう若い人だった。

「そうなの。春ちゃんと正ちゃんが会いたいって」

「おお、お姉さまのお孫さんたちですか。今日は平日ですのに」

「二人とも大学休んで来ました」

「なるほど。そこまでして、おばあさまに会いたかったのですね」

「昔からずっとそうよ。お姉ちゃんのことが大好きで」

「そうですか。では、お姉さまのところに参りましょう」

 おばあちゃんのお墓に向かおうと、歩き始めたとき、いままで無口だった正雄さんが、口を開いた。

「行きたいって言ったのは、お兄だけどね」

「でも、正雄も行くって言ったじゃん」

 春次さんも反論した。この会話を聞いたおばさんは、元気よく笑った。

「結局、正ちゃんもお姉ちゃんが好きなのね」

 川上さんも、ほほ笑ましそうに笑った。


 おばあちゃんのお墓の前に到着とうちゃくした。お墓に水をかけ、手を合わせた。


──おばあちゃん。会いにきたよ。なんだか、急に会いたくなった。不思議なことに。


 春次さんの心の声が、私にも響いた。まただ。電車で寝ているときにも聞こえた。私にも聞こえるということは、それだけ想いが強いのだろう。


 お墓参りをおえると、昼食を食べて、そのまま帰った。

 帰りの電車でも、春次さんは眠った。でも、行きのときの夢は、現れなかった。

 

 目が覚めて、ちょうどおりる駅の一つ前の駅にとまっていた。そして、ドアが閉まり、電車が出発した。次の駅のアナウンスが流れた。春次さんは、となりで寝ていた正雄さんを起こした。


 二人は無事に帰宅きたくした。小学生の三人は、すでに帰宅していた。

「おかえりー」

 末っ子の鈴美すずみちゃんと、五男の雪弘ゆきひろくんが玄関げんかんまで走ってきた。

「どこにいってたの?」

「田舎のほう」

「いなか?」

「おばあちゃん家」

「へぇー」

 リビングでは、照行さんが野球のテレビゲームをしていた。ポテトチップスのふくろをそばにおいて。

「あー、おかえりー」

 ゲームに目をうばわれ、指を忙しく動かしながら、棒読みで言った。そして、手をとめ、ポテチをつまむ。

「ただいま、照行。お菓子食った手でゲームすると、コントローラーべたべたになるよ」

 しかし、照行さんは何も返さなかった。春次さんの投げた球は、見事にスルーされた。


 家族が寝静まった夜。春次さんは、一人リビングで、ノートに何か書いていた。誰もいない中、そっとドアが開いた。それに気づいた春次さんは、ノートを閉じた。そんなに見られたくないものなのか。

 正雄さんだ。少し開いた隙間すきまから、こっそりと覗き込んだ。

「正雄、どうしたの」

 すると、もう少しドアが開いた。

「まだ起きてるの?」

「まあ、ちょっとね」

 春次さんは、正雄さんをじっと見ていた。

「正雄、ちょっとこっち来て」

 いぶかしむも、正雄さんは、言われた通りに春次さんの近くに来た。それでも、少し距離があった。春次さんは、その距離をつめ、正雄さんの目と鼻の先までに近くなった。

 正雄さんとの距離が近くなると、春次さんは、手をのばして、正雄さんの頭を優しくなでた。

「な、なんだよ」

 正雄さんは、とまどった。私もどうなっているのかわからなかった。

「そういや、下の子たちばかりに目をやってたから、正雄にはあまりこういうことしてこなかったなって」

 春次さんは、正雄さんをなでながら言う。

「気持ち悪いな。お兄、なんか変だよ。おばあちゃん家に行くって言い出したときもそうだけど」

「なんだろうね。急に会いにいきたいなって、思った。今もそう。正雄にこうしているのも、やらなきゃなって、急に思ったから。一緒に行ってくれてありがとう」

 春次さんは、しばらくの間、ずっと正雄さんの頭をなでていた。

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