一つ下の次男
試合後、
家に帰ると、みんな汗をかいていた。特に応援に行った三人。
真っ暗な画面。春次さんは、眠っているらしい。「お兄」すぐそばから誰かが呼ぶ声がした。春次さんをそうやって呼ぶのは、正雄さんだ。「お兄」さっきよりも大きく、もう一度呼んだ。春次さんは目覚めた。そして、身を起こす。そこは勉強机。ノートが置かれ、右手にはシャープペンがにぎられてたようだ。勉強している間に寝てしまったのか。めずらしい。
「わっ、正雄」春次さんは
「大丈夫?」と心配した様子で言い「お兄が寝落ちするなんてめずらしい」と続けた。
「うーん、ちょっと
「お兄はいろいろ、がんばりすぎじゃない。あんま無理とかは…」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。俺は
正雄さんは
「……何が頑丈なんだよ。いつもそう言うけどさ」
正雄さんは、口を開いた。
「お兄は、本当は……そんな感じじゃないでしょ。……本当は、もっと……弱くて、よく泣いて、父さんと母さんに甘えてばっかりで。
春次さんは、何も言わなかった。
「ほんと、無理はしないでよ。お兄にばっかりに苦労させちゃって……。たまには俺とかに頼ってもいいからね」
「…大丈夫だよ、家族のことは俺にまかせて。正雄は、正雄のペースでいればいいから」
「お兄!」
「……正雄、何だか今後、正雄に大変な思いをさせるかもしれない。だから、今は、ゆっくりしてて」
「何だよそれ。お兄のほうこそゆっくりしてよ。もう、今日は寝たら?」
「うん」
……何だろう。私は
目覚めた私は、いつも通りに記憶の夢のメモをした。このノートも、いつの間にか終わりに近づいていた。私の絵などがあるところまで、あとわずかしかなかった。現実での私は、歩けるようにするため、少しずつだがリハビリに取り組み始めている。しかし、足はもう、だめになったみたいで、足もスムーズに動かない。まるで、ヨボヨボのおばあちゃんだ。ちまちまとしか歩けない。それが
母に新しいノートを買ってもらった。まさかの二冊目に
これは私の好きなやつだ。
春次さんと露文さんとの二人で、レディースのファッション雑誌を見ていた。露文さんの“興味”が認めてもらえたあの日以来、春次さんの前でなら、平気になったみたいだ。
当時の時代の流行のファッションやメイクなどがのっている。やはりそこにのっているファッションやメイクが、この時代を教えてくれる。二人とも雑誌に夢中になっていた。だから口数もなく、静かだ。
口を切ったのは春次さん。「何か気に入ったものでもある?」と聞いた。
「うん、まあ」と露文さんは
「俺も、何か……やってみたいな」
「お、いいんじゃない。買いに行くか」
「えっ‼︎ 」
露文さんは、テンパった。行きたい気持ちもあるだろうが、恥ずかしさやおどろきなども強いだろう。
「い、今から?」
「もちろん」
当たり前じゃないか、というような感じの春次さん。そこに
「お兄ちゃんと二人で⁉︎」
「うん。いいだろ?」
「ダメに決まってるでしょ!」
露文さんは、顔を赤くした。春次さんは、ダメと言われて不服そうだ。
「えー、なんでさ」
「男二人で女の子の服を買いに行くとか、いやじゃん」
「別に問題はないだろ」
いや、めちゃくちゃあるけど。
「大問題でしょ。せめて一人は女の子いないと」
「しょうがないな。俺の友達もさそってみるよ。女の子」
春次さんは、携帯を取り出し、電話をかける。その相手は初子さんだ。
「あ、もしもし。初子さん?」
『あら、春次さん。どうしたの?」
春次さんは、露文さんのことを話し、「買い物に付き合ってもらえないか」と頼んだ。初子さんは、こころよくOKをだした。
初子さんのお気に入りのブランドのアパレルショップに行った。コーディネートは、初子さんにセレクトしてもらうことになった。
「露文くんは背が高いから、大きいサイズってあんまりないんだよな」
と言っていた。
それから、いろんな店を
「じゃん。すごい、可愛いよ」
「おー! 似合ってる」
初子さんと春次さんからは
そのとき、グッドなタイミングで他の家族たちが帰ってきた。
「ただいま!」
「おかえり」
焦る露文に、春次さんは、「女の子になりきるチャンス」と助言。女の子になった露文さんを、みんなの前に出す。春次さんの大学の友達として、紹介した。正雄さんと照行さんは、
「名前は?」と、鈴美ちゃんが質問する。
「名前は……えっと、えっと、つ、“
ただ、露文の「露」に「子」をつけただけで、わかりやす過ぎる。センスがない。「おわった」露文さんと初子さんは
「つゆお兄ちゃんみたい」
「だねー」
これは、雪弘くんと鈴美ちゃんにも気づかれてしまった。
「いや、つゆ兄でしょ」
照行さんには最初っからバレていた。おそらく正雄さんにも。照行さんが言ったことで、雪弘くんと鈴美ちゃんにもバレてしまった。露文さんは、春次さんをにらんで「ほら、バレちゃったじゃん」
「ご、ごめん」
さらに追い討ちをかけるように、「お兄、名前つけるの
これはとても面白かった。私が起きてからも、めちゃくちゃ笑った。
他はどうだろう。雨上がりの空、立派な虹が出ていて鈴美ちゃんがよろこんでいた。
春次さんが飲んでいたお茶の茶柱が立っていて、みんなで盛り上がった。
大学のお昼の合間に初子さんとご飯を食べに行った。いかにも大学生の青春って感じがした。
楽しい記憶がたくさんあった。しかしだ。
楽しみにとっておいた栗まんじゅうが食べられてしまった。
弟の忘れ物に気づき学校へ届けた。
急な雨に濡れる洗濯物を取り出した。
下の子がけがをしたら手当てをし、勉強のわからないところを教えたり、母親の手伝いをしたり。
春次さんは、頼れる、とても立派な長男。妹ちゃんのミスで、自分が使う
でも、今思うと、かなり大変で、
春次さんは、今までずっとずっと、「無理」をしていた。泣きたくても、甘えたくても、“長男だから”と、こらえた。下の子たちに
私は、痛む心にそっと手を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。