太陽とミミズ

 学校には、私が鬼のレベルで尊敬する人がいた。そもそも、私よりもずっとすごい人は、この両手の指の数よりもうんと多くいた。でも、その中でも、その人ずば抜けていた。今、同じクラスにいる沢野さわの君という男の子。

 彼は私とは正反対だ。まず、クラスでダントツ頭が良い。特に数学。

「うぇっ! 沢野、百点かよ!」

「やっぱ、沢野すげえ!」

常にテストで九十五〜百点をたたきだす。そして、みんなのおどろきのさけびを毎回浴びる。毎回、三十点未満みまんを取る私。今回は二十を下回った。

 超絶ちょうぜつ難しいような問題も、誰よりも早くとける。そして、まだとけていない他の子たちの先生になる。初歩しょほ的な問題でさえも出来ない私は、そんな問題は全く手につけず、ノートも真っ白。ひまなので、そこに落書きをして、時間をつぶす。教科書にのっている、基礎きそ問題をとくときなんかは、沢野君が私に教えてくれることもしばしばある。でも、先生オリジナルの難問なんもんとなると、他に分からない子が多いからそちらに回る。もはやひっぱらりだこ状態。私からしたら、彼はもう人間ではない。スーパーコンピュータが導入どうにゅうされた、スーパーアンドロイドだ。

 つぎに、コミュニュケーション力が高い。クラスのかげである私にさえも、積極的に話しかけてくれる。

 英語の授業の時、立ち歩いて、人と交流することがしょっちゅうある。その時私は、あまってしまう。出来るかぎり目立たないようにしているが、沢野君は私を見つけて、話しかけてくれる。それをたねにして、他の子たちも話しかけてくれる。インフルエンサーの彼の影響えいきょう力のせいか。

 彼は先生などの目上の人に対しても、何も躊躇ちゅうちょせずに、私的なことでも気軽に話しかけている。どんな人でもだ。彼には苦手な人などいないらしい。仮にいたとしても、それを外に広めないのか。どちらにしてもすごい。しかも、先生に対するときの敬語もすごい。尊敬語や謙譲けんじょう語も使いこなしている。躊躇しないのは、大勢おおぜいに対してもだ。クラスを、学年を、学校を、一人でまとめ上げる。多くの生徒や先生たちに好かれている存在だ。もちろん、女の子たちにもモテている。男の子たちにも。

 さらには、運動能力も高い。インドアな外見からは想像できないが、球技きゅうぎの試合では、積極的にめ入るし、足の速さや体力なども、運動部の子たちと並ぶ。

 そして、美術の絵も上手いし、プレゼンテーションの発表も上手い。ほんとスーパーアンドロイドだ。完璧かんぺきすぎる。私には完璧にしか見えないが、彼はそれを認識していないらしく、謙遜けんそんし、他の子たちとも気楽きらくに話している。「自分はすごいんだ!」と言うような態度たいど言動げんどうをしない。器も大きい。もはや神の領域りょういきであり、私の同級生でも、中学生でもないだろう。大人の社会にも中々いないと思う。

 そんな彼のすごさを毎日、毎日、きつけられる。私が毎日学校に行くたびに、彼のすごいところを見る度に。私はため息が出る。彼と私のあいだには、大きくて大きくて大きい差があった。とてもとても言葉で表すことができない。かろうじて表すことができるならば、月とスッポンだろうか。いや、それ以上だ。彼は月ではなく太陽で、私はスッポンでもなくミミズであろうか。太陽とミミズ。こんな莫大ばくだいな差が生まれてしまったのだから、自分の存在がどんとうすくなる。価値なんてかちない。

 れ葉の下で暮らすミミズにとって、太陽というものは、あまりにも大きなもので、神々こうごうしいもの。近づくには、到底とうていおよばない。それなのにも関わらず、日光は枯れ葉の下にももぐんでくる。どうしてもそれを意識しなければならなかった。その都度つど、私の価値は下がり続けて、彼の価値は上がり続ける。

 学校という存在が遠くはなれた今でも、どこかでそれを思っているのだ。

 はああ。またため息が出る。どうして私はこんなにも価値が低い人間なんだろう。


 

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