雪弘② (枝道編)

 そして、四年生になった。また、クラスが変わり、クラスメイトも大きく変わった。それで出会ったのが、倉野くらのすすむだ。進は、家庭が経済的けいざいてき余裕よゆうが無く、身にまとう衣服いふくもよれよれで、清潔せいけつとはほど遠い容姿をしていた。そのため、他の子からは、みきらわれていた。そんなことは全く知らない雪弘は、このみずぼらしい外見は気にせず、よく進に話しかけていた。

 進は、あまり自分に関わらないほうがいいと言った。

「どうして?」

「みんなにきらわれるから」

「きらわれる?」

「だって、ほら、こんなに汚いから」

「でも、それは、お家のこともあるんだからしかたがないよ」

貧乏びんぼう人と仲良くなってもいいことないよ。ただの疫病神やくびょうがみだから」

「何でそんなことを言うの? 家が貧乏な人と友達になってはいけないなんて、誰も言っていないじゃん。ぼくは君と友達になりたい」

 雪弘は、にこっと笑った。

「……、まあいいけど」

 その笑顔に押され、承諾しょうだくしたようだ。こうして二人は、はれて友達になった。

 それからと言うもの、雪弘は進をよくさそって外で遊んだ。二人だけのときもあれば、新しくできた他の友達にさそわれたときも、雪弘は進をさそった。今までは、なんとなく進をさけていた友達も、進のことをよく知り、親近しんきん感がわいた。そして、進に積極せっきょく的に近づくようにもなった。やがて、クラスの中で進をきらう人が減った。しかし、それでも進のことを良く思わない人もまだまだ根強くいた。その人たちは、進だけでなく雪弘もまた、きらっていた。


 ある日の朝。雪弘と進は一緒いっしょに登校した。

 教室に入り、自分の席につくと、雪弘はハッとおどろいた。その目の先にあるつくえには、落書らくがきがされていた。それも、黒ペンで、雪弘への誹謗ひぼう中傷ちゅうしょうの言葉が乱暴らんぼうに書かれていた。

「……雪弘くん」

 進の方を見ると、彼の机にも黒の落書きがされていた。恐らく、そこにも同じようなことが書かれているだろう。

 すると、背後から笑い声がした。二人をあざけるようないやな笑い声。

 二人がふり返ると、大勢おおぜいの男子たち。みんな背が高めで、力もある感じだ。クラスは関係なく、気の合う仲間たちのグループだ。

 雪弘は、急いで進をひっぱり、教室から出ようとした。しかし、二人が出ようとした瞬間、出入口の扉がめられた。開けようとするも、反対側から全力でふうじ込められ、雪弘の力ではびくともしなかった。

 後ろの扉から、五人が入って来た。

兄貴あにきんとこにはいかせねえよ」

  雪弘の行動を読んだらしい。昨年、中国から来た香花シャンファという女の子をいじめたメンバーの一人だった、中央に立つこの男子。

「忘れてないよな。去年のこと。どうしてお前は変人ばっかりかばうんだよ」

「香花ちゃんも、進くんも、変人じゃないよ。君と同じ人間だよ。どうしていじめるの? もちろん、君とはちがうけど、どうしてそれがだめなの?」

 彼は、口を開かなかった。だまったまま、雪弘たちのほうへと迫っていく。

「雪弘くん、逃げてよ。もういいよ。僕のことなんて」

「それはできないよ。ぼくは君の…!」

 雪弘が言い終わるのを待たず、彼は雪弘の鳩みぞおちに強烈きょうれつ一撃いちげきを入れた。雪弘は、声も上げずにその場で倒れ込んだ。

「雪弘君」

「目障りなんだよ。さっさと死ね」

 すると突然、激しい足音が、廊下ろうかの奥の方から響いてくる。その足音は、だんだんと勢いを増していく。ついにこっちへ来たかと思うと、轟音ごうおんを上げて、扉が開いた。そこにいるのは、同じ学年の女の先生。先生は、雪弘たちを見るとすぐにかけつけた。

「大丈夫!」

 先生の後からは、同じクラスの女の子たち。彼女たちは、雪弘や進と仲が良い。教室の異変いへん察知さっちして、先生を呼んだのだ。「ゆきくん!」「ゆきくん!」と、声を出しながら、倒れている雪弘を囲った。

 先生は、真っ先に雪弘を背負う。女の子たちもそれを支えた。


 雪弘は、保健室に運ばれ、ベッドの上に下ろされた。進や女の子たちも一緒に来た。そして、落ち着いたところで、先生は進に事情じじょうをたずねた。進は、ゆっくりと話した。


 この悶着もんちゃくは、学校としても、大きな問題になった。昨年の香花の件は、あまり問題視されていなかった。特に重大なことにはならなかったからだ。でも、今回は重大なことになってしまったので、問題にしないわけにはいかなかった。雪弘と、加害者の男子全員の親が呼び出された。雪弘のほうは、母親だけでなく長男の春次はるつぐも来た。春次は、雪弘がいる保健室に行った。保健室には、雪弘と進の二人だけがいた。雪弘は、意識を取り戻したが、まだ痛みがはっきりと残っており、ぐったりとしていた。

「雪弘」 

 春次は雪弘の名前を呼んだ。

「お兄ちゃん」

 雪弘は、兄の姿を見て、重い身体からだから絞しぼり出すような声をだした。

雪弘ゆきひろ、大丈夫か。母さんは校長室にいるよ」

 雪弘は、あら呼吸こきゅうをしていた。あまり多く話すことは出来なかった。

 雪弘に変わって、進が口を開いた。

「……雪弘くんは、僕を庇かばってくれたんです」

 進は顔は顔を暗くし、声もふるわしていた。

「君は大丈夫なの?」

「……はい。雪弘くんがやられてすぐに助けがきたので、ぼくはやられていません。雪弘くんは、鳩尾に、強く一発をくらって、倒れました」

 それをきいた春次は、真剣な顔になっていた。でも、どこかに悲しみがじんわりとでもひそんでいることだろう。

「……ごめんなさい。僕のせいで、僕をかばったせいで、雪弘くんがこうなってしまった」

 進は頬に涙を伝らせながら、春次にあやまった。進の自責じせきは止まらなかった。

「あぁ、僕はなんていやな人間なんだろう。自分を大切にしてくれる存在にまで、不幸な思いをさせるんだ。人をイラつかせて、うらまれて。こんな疫病神なんて、……この世に存在しても、良いものなのかなぁ」

「そんなこと、言わないで」

 雪弘は、横になったまま言った。

すすむくんは悪くないよ。なのに何で謝るの? 自分のことを疫病神なんて言うの、やめてあげてよ」

「そうだよ。たった一つしかない命なんだから、自分で自分を傷つけてはいけないよ」

 春次も、雪弘に続けて言った。

 進が、続きを言おうとしたとき、突然とつぜんの大きな音をたててとびらが開いた。そこからら飛び込んできたのは、雪弘の一つ上の兄。四男の照行てるゆきだった。

「照行」

「え、春兄。来てたんだ」

「うん、母さんと一緒に」

「……お兄ちゃん」

「ああっ、ゆき!」

 照行は、雪弘の弱々しい声を聞くと、一目散いちもくさんにベッドまでかけった。

「ゆき、大丈夫か?」

 どう見ても大丈夫な状態ではなかった。悲惨ひさんな状態の弟にゆっくりとひざからくずれ落ちた。そして、ベッドに顔をせた。

「……お兄ちゃん」

「照行」

 雪弘くんと春次さんは、照行さんを心配していた。少し驚いているようにも見えた。

「何で来なかったの? 俺のところにきたら、助けてやるって言ったじゃん」

照行さんは、泣いていた。かたや声が震えて上がっていた。

「……ごめん。そんな余裕なかった」

 雪弘はうつむき、謝った。

「雪弘くんは、危機を感じて教室を出ようとしてたんですが、それを読まれたみたいで、はばまれてしまいました」

 雪弘の代わりに、進が説明した。

「ああああっ、くそっ! くそっ!」

 照行は、怒り嘆きの叫びを上げた。それは、相手に対しての怒りか、役に立てなかった自分への怒りでもあるだろう。

 春次は、照行の背中せなかをさすった。

「照行、雪弘はこの子をかばって、守ったんだって。雪弘はヒーローだね。もちろん、照行も立派なヒーローだよ」

 春次は、照行や雪弘に対して、優しい言葉をかけた。この言葉で照行はさらに涙があふれ、雪弘の目からも涙がこぼれた。春次さんは、雪弘の頭も、優しくさすって、慰めの言葉をかけた。


 このあと、二人はすぐに帰ることになった。雪弘の母親が話がおわって、保健室にやってくると、春次は雪弘を背負い、このあとから授業がある照行に別れをつげた。春次は進を呼んで、一緒にこない? とさそう。母親も乗せていってあげると言った。進を含めた四人は車に乗って、学校を後にした。

 この悶着があって、二人の仲は、よりいっそう深まった気がした。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 雪弘は、春次にお礼を言った。

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