大好きな栗まんじゅう

私のスマホがなった。ラインが来た。姉からだった。

『今日は、ジャンプ最新刊さいしんかんの発売日!! さっそく買ってくるよ。ゆかりも読む?』

 へぇ、そうか。私は漫画にはまったく興味がないからどうでもいいんだけど。と姉にも言っているのに、私にめちゃくちゃジャンプをしてくる。特に最近は。姉が今一番ハマっている漫画があるからで、「ゆかりも読んでみたら?ハマるよ! めっちゃハマるよ! 本当に素敵なんだから!!」と、とにかくめっちゃ推してくる。その漫画のよさを超熱弁ちょうねつべんし、本当に私に読ませたいようだ。「これはね、今後のながい人生において、すごくよい教訓きょうくんになるんだよ。読んでそんすることはまずない!!」と、なんども言う。それでも、私は読む気になれない。姉のように、漫画に支配されるような人間にはなりたくないなと思うからだ。

 姉から送られたメッセージにあきれつつ、栗まんじゅうを一口。『口の幸福こうふくは心身の幸福である』栗まんじゅうを食べて思いついた、この言葉を教訓にしたい。漫画の名台詞ぜりふとやらよりも、よっぽど良い教訓になりそうである。花より団子。人気漫画よりも栗まんじゅう。

 私は、栗まんじゅうをこよなく愛している。小豆あずきのまんじゅうよりも、ひかえめな甘さで品のある感じがする。これを食べることができるのは、秋のシーズンだけ。だから、季節で一番好きなのは秋。Which do you like summer or winter?(あなたは夏と冬のどちらか好き?)とよく聞かれるが、私はSummer(夏)でもWinter (冬)でもなくAutumn(秋)だ。

 事故にって、入院した今年の秋は、例年よりもたくさん栗まんじゅうを買ってきてくれた。お見舞いということかもしれないが、私はとってもうれしかった。目が覚めているときの至福しふくができた。

 そういえば、春次はるつぐさんも栗まんじゅうが好きだった。そんな記憶を見た。


 ある日、春次さんが大学の友達の初子はつこさんと一緒に和菓子屋に行った。このときは秋だったらしく、栗を使ったお菓子がたくさんならんでいた。

「どれにする?」

「もちろん、栗まんじゅう」

「ホント好きだね、栗まんじゅう」

「うん」

 二人は仲が良い。うらやましかった。友達すらいない私にとって、男女の仲とは夢のまた夢だ。そして、春次は栗まんじゅうを愛している。私と同じだ。奇遇きぐうなのか、本当に春次さんとつながっているのか。

「じゃあ、私は栗きんとんにしよう」

「わあ、いいね。栗きんとんも好きだよ」

 私も、栗まんじゅうにしたことはないが、栗を使った和菓子はどれも好きだ。初子さんが三つの栗きんとんを単体で買ったのに対して、春次さんは八個入りの栗まんじゅうを箱ごと買った。春次さんは、それをカバンに入れた。

「まさか、箱ごと買うなんてね。さすがは大家族の長男」

「いや、これは自分用だよ」

「え!」

 え! ちょっとどころか、かなり意外だ。兄妹想いの素敵な春次さんだから、てっきり弟、妹のぶんまで買ったのだと思った。全部一人で食べるつもりだったとは。なるほど、栗まんじゅうだけは、誰にもゆずらないわけか。激しく共感する。

「でもさ、弟にいつも勝手につままれるんだよなぁ」

 弟というのは、腕白わんぱくでいたずら好きな照行てるゆきさんのことかな。

「あら、それは大変ね」

「そうだよ」


 春次さんの栗まんじゅうエピソードは、ほっこりして、可愛らしいとも思えるものだった。そして、同じ栗まんじゅうを愛する者として、ものすごく共感できる。あと、もう一つの栗まんじゅうエピソードがあった。


「春お兄ちゃん」

 末っ子の鈴美すずみちゃんが、やってきた。春次さんは、栗まんじゅうを食べようとしていた。

「あー、ちょっと、ごめん。今は相手になれない」

「えー、あそぼ」

「ごめん。今は忙しいから、また今度ね」

 鈴美ちゃんは、不満を顔にだした。

「正お兄ちゃんと遊んだら?」

 と言って、一つ下の次男、正雄さんを呼んだ。

「どうしたの?」

「すずが遊びたがってるから、相手にしてあげて」

 そう言う春次さんを見る、正雄さんの目は冷たかった。

「すずは、お兄と遊びたがってるんでしょ?」

 正雄さんの言葉に続いて、鈴美ちゃんは、首をたてに二回振った。その目線としぐさで、春次さんに訴えていた。

「これから、栗まんじゅう食べるから」

「あとにしたら?」

「今は、至福のときだから、あんまりさまたげられたくないの」

 正雄さんは、ため息をついた。そして、あきらめたようだ。栗まんじゅうを目の前にした春次さんには、何を言ってもきかないからだ。

「すず、あっちで俺と遊ぼうか。今のお兄は絶対にダメたから」

「うん、わかった」

 鈴美ちゃんも、しぶしぶあきらめたようだ。

二人が出ていくと、落ちついた春次さんは、六個入りの栗まんじゅうを箱から出した。

 春次さんの栗まんじゅう愛が強すぎた。可愛い末っ子ちゃんの頼みでさえも、断ってしまう。とっても優しい春次さん。栗まんじゅうだけは、絶対にゆずらない。

 

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