雪弘(枝道編)

  春次はるつぐの十個下の五男、雪弘ゆきひろ。雪のふる時期に生を受けたゆえにその名がついた。その中にふさわしく、新雪しんせつのような容姿をしている。白くふわりとやわらかな肌。大福にもたとえることができる。としは十歳だが、早生まれであり、小学四年生である。その歳にしては背がかなり低く、在籍ざいせきするクラスの中でももっとも低い。やわらかな顔に小柄こがらという愛くるしい容姿に加え、心優しく素直な性格をしており、家族からとても愛されている。

 深雪に似ているということもあってか、雪弘は雪が好きだ。春次に雪がふっていると伝えられると、気分が上がり、すぐに窓の外をのぞいた。雪がふっていて、一面が銀世界だと表面にもあふれ出すほどにい上がっていた。雪はつもっていなくても、ただ、ふっているだけでも気分は上がった。不思議ふしぎにわくわくするのだ。

 雪がふってる日は、休日であれば、兄妹きょうだいたちと一緒いっしょに外に出かける。朝の早いうちから。つもったばかりの、まだ誰も足をふみ入れていない状態の雪は、じつに美しい。その状態をずっと保っていたいと思うが、美しい状態の雪の中に足を踏み入れるのも、また楽しいものだ。兄たちが、というより腕白わんぱくでいたずら好きな四男の照行てるゆきは、小さくかきあつめて丸めた雪を兄たちにげつける。次男の正雄まさおと三男の露文つゆふみの二人はむかついてしかえしをする。長男の春次は、おこることなく、笑みをうかべて反撃はんげきをする。そして四人で雪合戦が始まる。けっきょくは、みんな楽しんでいた。それをよそに、雪弘と末っ子の長女鈴美すずみは、雪だるまを作っていた。二人で作るときもあれば、それぞれ一人で作ることもある。雪だるまを作ったら、雪うさぎも作ることもある。二人に雪を投げられることはないので、二人の空間は平和だ。

 

 心優しく素直な雪弘。誰に対しても、何に対しても、優しく接する。家族に対してはもちろん、学校では男の子にも、女の子にも優しく、上級生、下級生、先生にも誰をとわず笑顔で優しい。人間にかぎらず、命のある生き物全てが、雪弘にとっては大切な命なのである。けものも鳥もかえるも虫も、植物も。命を持つ全てのものが、いとおしいものなのだ。公園などで、虫の死骸しがいを見つけるとあわれみ、草木がれてしわしわになっているのを見ると、さびしい気持ちになる。そんな心優しい雪弘は、どんな生き物にもれることができる。兄たちや先生などにあぶないよと言われたもの以外は。他の人には気持ち悪がられるような虫にもだ。そんな虫にもしたしみを持つと、それを気持ち悪いと思う人たちからは、当然、気持ち悪がられる。そして、異常いじょうな子だというレッテルをられる。家族には、心優しい子だからと理解りかいされている。しかし、何も知らないほかの人からは、冷たい視線しせんを向けられる。雪弘本人は、それに気づいていないのか、みんなには変わらず親切にしている。それでも、みんなからのレッテルは変わらない。あい変わらず、異常な人と認識にんしきして、冷たい視線を向けるのだ。

 そんなこともあって、雪弘は、小学校の低学年の頃から、いろいろとトラブルに見舞われた。雪弘は、小学校に入る前からも心優しい性格だった。幼稚園の遊戯ゆうぎの時間では、男の子と元気良く遊ぶことよりも、女の子とおままごとをすることが多い。女の子たちにたのまれて、それに付き合う。雪弘は、全員に優しいから、みんなに好かれていた。雪弘は、おだやかな子供だ。それは、大きくなってもずっと変わらない。

 そして、小学校に上がると、まわりの環境かんきょうも大きく変わる。雪弘は、あまり積極的ではないものの、相変わらずの優しさで、関わりを持つ一部の子とは仲が良い感じだ。

 一年生の頃はまだ何も起きなかった。担任の先生は、大ベテランで、子供に真摯しんしに向き合う素敵な先生だった。子供たちはみんなその先生が好きで、先生が言うことをしっかりと聞いていた。そのおかげで、一年の中で、いじめは一つも起こらなかった。

 トラブルが起き始めたのは、二年生以降。優しいクラスは解体され、みんなバラバラになってしまった上、担任の先生は、定年で退職してしまった。二年生の頃担任は、あの先生みたいに子供たちに真摯に向き合うような先生ではなかった。それどころか、あまり子供たちに関心を向けなかった。だから、子供たちはあるていどは好き放題ほうだいにできた。だから雪弘は、意地悪いじわるな男の子たちから小さないやがらせを何度か受けた。でも、二年生でも同じになって仲が良い子が助けてくれたこともあり、大ごとは起こらなかった。

 大きなトラブルが起きたのは、三年生のとき。転校生がやってきた。中国から来た子で、香花シャンファという。女の子だ。

 その名前を担任の先生から聞いたとき、クラスのみんなは変な名前だと口々に言っていた。雪弘もなじみの無い名前で、不思議な子なんだろうなと思った。

 その日夕飯の食卓で、雪弘は家族にこのことを話した。春次は「国によって話す言葉がちがうから、名前も雪弘が知ってるような名前じゃなくて当たり前なんだよ。中国からもっとはなれたアメリカなんかだと、ABCとか使うから、日本とはぜんぜんちがうんだよ」と言った。

 両親は、彼女のがいじめられないか心配している様子だった。

「え、いじめ?」

 父親は言う。日本と中国は仲が悪く、中国から来た人は、いじめに遭いやすい。さらに春次も言う。

「中国じゃなくても、外国から来た人って、肌や髪の色がちがったりして、注目されやすいんだよ。話す言葉や普段の生活とかもぜんぜんちがって、まわりから変な目で見られちゃうんだよ」

「え、でも、生き物って形も色もみんなちがうよ。人も一人ひとりちがうじゃん。どうしてそれでいじめられるの?」

おれもそう思うよ。でもさ、あまり身近にいない見た目の人や、わからない言葉を話す人には、どうしても警戒けいかいしちゃうんだよ。その人のことをよく知らないから、もしかしたら攻撃こうげきされちゃうかもしれないと思って、こわくてさけてしまったり、自分から攻撃したりしてしまうんだよ。雪弘はそうはならないと思うけど、他の子がどう思うかはわからないから」

 雪弘が、その子はいじめられないのかと聞いたとき、春次は、その時は雪弘が守ってやるんだぞ。と言った。


 香花がやってきた。彼女が日本にいるのは一時的で、三週間。海を渡ってやってきた、外国の人。といっても、外見は日本人と大して変わらない。それに彼女は、なかなか可愛らしい子だった。

 雪弘は、春次に教えられた簡単なあいさつを彼女に言った。香花は、安心したのか他の言葉も言ったが、もちろん雪弘には理解できなかった。雪弘が話しかけたことによって、他のみんなからの警戒もほぐれたかと思ったが、そうはならなかった。

 翌日の朝、雪弘が教室に入ると、香花がいじめられていた。雪弘が止めに入るも、止めることはできず、雪弘は、照行に助けを求めた。照行には、何かあったら助けを求めるように言われていた。照行の助けで、いじめっ子たちは、香花をいじめることはなくなった。

 その日の下校中、いつも通りかかる公園には、無数むすうのクローバーが、つめられていた。なぜかこの日は、そのクローバーのじゅうたんに、目をうばわれた。


 その日以降、香花は、学校に来なくなった。助けられたが、やはりいじめがトラウマになったのだろう。かなりの攻撃を受けて、身体的にも精神的にも苦痛を受けたのだ。

 そのことを聞いた時、雪弘は、自分がもっと香花の言葉を分かっていたならば、彼女も周りのみんなも、安心することができたのかなと、悔やんでいた。そんな雪弘に、春次は「優しいね」と言った。

 

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