雪のような五男

この日は、雪がふっていた。つもってもいた。春次はるつぐさんは、カーテンを開けて結露けつろをふいて窓の外を見た。そこは、白銀はくぎんの世界だった。屋根に地面につもっていた。まだ荒れていない、美しい雪景色だ。こんなに雪がつもった日は、気分が上がる。外に出て遊びたいわけではなくても。春次さんも、気分が上がっているにちがいない。白銀の世界に目をうばわれているのか、ずっと窓の外を眺めていた。時の流れを忘れていると、ドアが開く音でわれに返った。ふり向くと、まだ小さくて可愛かわいらしい弟が入ってきた。はだ白くて、ふわふわしている。まるで雪みたいなこの子は、たしか五男。

「おはよう」

 まだ幼く、ぼんやりとした声で言った。

「おはよう、雪弘ゆきひろ。外、見てみ」

 春次さんにうながされ、窓の外を見たゆきひろくんは、ほのかに感動した。空からはふわりふわりとたくさん雪が舞いおりてきた。

「雪ふってる」

「そうだね、ご飯食べたら遊びに行く?」

「うん。行きたい」

そう言うと、両手に息をふきかけ、両手をこすり合わせた。そのときのほほ笑みに、私はいやされた。


 その笑顔とは打って変わって、くもり顔になっていた。場面は変わっていた。夜の寝室。他の兄弟たちは寝ている中、春次さんと雪弘くんは、二人ベッドにこしかけていた。雪弘くんは、うつむいて、重々しく口を開いた。

「ぼくって、クラスのだれかにきらわれてるのかな?」

 雪弘くんがきらわれてる? こんなに可愛くて、いい子なのに。なにかしらの原因があるのかもしれないけれど。

「どうしてだと思う?」

「うーん……。わからない。でも、なんか友だちが言ってたんだけど、ぼくってきらわれてるかもって」

 なるほど、これはおそらくその友達になにかあるのだ。その友達が、なんらかの原因できらわれていて、その他のクラスメイトからも敬遠けいえんされている。その友達と仲良くしている雪弘くんも敬遠されているのだ。でも、雪弘くん自身はその友達が敬遠されているのは知らないだろう。でも、たとえ知っていたとしても、ゆきひろくんはその友達を敬遠したりはしないだろうけど。とは言え、今回は何も知らないのだ。知らないことで冷酷れいこくな視線をびられ、敬遠されるのは、ふに落ちないことだ。

「……その、友達ってどんな子なの?」

 春次さんも同じことを思ったらしい。その友達はどんな子か。私も気になっていた。

「べつにわるい子ではないよ。とっても良い子だし、頭もけっこういいよ」

 だとするならば、問題は周りにあるのだろう。風評ふうひょうによる差別や偏見へんけん。それがいじめにつながったのだ。

 そうか。と、春次さんはつぶやく。

「また何かあったら、いつでも言って。それか、照行てるゆきに助けを求めてもいいし」

「うん」

 雪弘くんは、少しは安心した様子。それを見た春次さんは、にこっとんだ。

「今日はもう寝よ」

 二人はそれぞれのベッドでしずまる。


 二人が寝るとともに、私は目が覚めた。そして、この記憶の出来事を記録する。

『雪が降る日。雪弘くん、五男。

 夜。雪弘くんのなやみ。──まわりから冷たい目で見られる。──友達がいじめられている』

 この後、雪弘くんはどうなっただろう。続き見れるかな。

 扉をノックする音とともに、母と姉がやってきた。

「春次さんのやつはどう?」

「うん。今日もまた見たよ」

「ちょっと、それ見せて」

 私は姉に、記憶の記録を書いたノートを見せた。姉はそれをじっくりと読んでいる。

「面白いね。毎晩こんな夢みてたんだね。いいなー」

 全部読み終えると、表情をゆるませて言う。すると、再び扉をノックする音がして、加害者の梶尾かじおさん家族がやってきた。初めて会ったあの日以来、お母さんだけのときもあったが、よく見舞みまいに来てくれた。私はまったく不快ではないし、私の家族とも会うことしばしばあったが、誰も非難ひなんを浴びせることもなく、冷たい目線を浴びせることもない。むしろ、あたたかくつつみ込んでいた。今では、近所に住む家族同士のような関係になっていた。

 今日は、お母さんと娘さんの二人で来ていた。

「こんにちは」

「あら、こんにちは。今日は二人なんですね」

「はい」

 姉は娘さんに手をった。

汐梨しおりちゃん、こんにちは」

「こんにちは」

 姉と汐梨さんは、通う学校はちがうが同じ学年。姉がよく話しかけていて、友達関係になったかは分からないが、仲良くはなっている。姉が汐梨さんに「学校はどう?」とよく聞く。加害者当人のお兄さん──信士しんじさんが起こしたことは罪だから、その影響えいきょうが汐梨さんのところにまでおよんでいないか心配なのだろう。私も心配している。罪を起こした人の妹だとして、いじめにっていないのか。今日も同じことを聞いた。汐梨さんは「実は、学校変えた」と言った。前までは「大丈夫」と言っていた。私たちを気づかってだろう。お母さんの綾子あやこさんが話を続けた。

「通信制の高校に編入したんです。事故のこともあって、今まで通り学校に通い続けるのは難しくなって。特にいじめに遭ったとかはないんですけど、どこか息苦しさがあって、いやになったみたいで」

 気の毒に。一度起きてしまったことは、もう取り消すことができないのか。一度犯してしまった罪は、いくつ日にちが流れようとも時間とともに過ぎ去ることはできないのか。

 被害者である私は、事故に対するにくしみというのは全くない。ここに来た初日から、ずっと。でも、不思議だ。本当にないのだ。事故によって動けない体になってしまった。自分が思っている以上に重傷だ。それでも全くない。少しくらいはあるはずなのに。春次さんの記憶が、事故への憎しみを消してくれているのかもしれない。

 そんな私とは正反対に、加害者側は環境を変えなければならないほど追いてめられている。周りの目が厳しくなって、きゅうくつな生活をよぎなくされている。人を跳ねた責任なのか。いや、でも、実際に跳ねたのは二人ではなく、信士さんだ。不謹慎ふきんしんかもしれないが、二人はなにも関係ないのでは。なにも関係のないことで、どうしてきゅうくつな生活を送らないといけないのか。不謹慎だとは思うが、誰に対して不謹慎かは分からない。被害者に対して不謹慎だとするならば、被害者は自分なので、私は自分に対して不謹慎なことを思っているのか。変な話だ。それはともかく、ばつを受けるのは信士さんだけで十分じゅうぶんだろう。それも、裁判によって下された罰だけで。何も関係ない家族が追い込められるほどに苦しむ必要はない。家族というのは、同じ血が通っているというだけで、一つ一つは違う生命体である。四人家族ならば、四つそれぞれちがう生物で、六人兄弟ならば、六つのそれぞれちがう世界があるのだ。それぞれの世界を生きれば良い。一つのなわでまとめてがんじがらめにされることはありえ《ないはずだ。それでも、愛する人にい、苦楽くらくともにするというのは、にがくも素敵なことだとは思う。

 そんなことを思っていると、汐梨さんが私と姉に近づいて、小さく口を開いた。

「でもね、もともと高校の生活はきゅうくつでうんざりしてたから良かった。通信制は、全日制よりかはずっと自由らしいし」

 なるほど。それは良かったかもしれない。

 すると、母は持っていた紙袋を上げて示した。

くりまんじゅう買ってきたよ。八個入りのやつだから、みんなで食べよ」

 栗まんじゅうは、私の好きなやつ。とても気分が上がった。栗まんじゅうは、病院の休憩きゅうけいスペースで食べた。やっぱり美味しいものは、身も心もまぶしく照らしてくれる。

 私は、栗まんじゅうを食べながら、春次さんとその家族についていろいろと考えていた。

 

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