暖かな記憶
『つゆふみさん──
春次さん──つゆふみさんのところに行く。つゆふみさんは、末っ子のすずちゃんの相手をしていた。春次さんは、つゆふみさんと話をする。すずちゃんもつゆふみさんを
ふう。書きおえると、一息ふいた。書いている途中も、書きとえた今も、胸の内側がぽかぽかと
その時、
「やっほー」と姉が軽い
姉は、開いたままの記録ノートに目を向けた。
「あ、はるつぐさんのやつ。まだ見てるの?」
「うん。毎日夢に出てくるの」
「やっぱ、はるつぐさんとゆかりは、何らかのつながりがあるんだよ。うん、絶対そう」
……やっぱり、それはないと信じたい。
あんな素敵な良い人が死んで、私みたいな木偶の坊に生まれ変わってしまうなんて、想像するだけでもつらい。周囲の人たちに申し訳ない。
「……そんなの、ありえないよ」
私は、ぼそりと姉の主張を否定した。そんなのありえない。ありえないでほしい。姉は、知らないのだろう。今の私の気持ちなんて。じっさいに夢を見ていないから。
「え?」
「ありえないの。だいたい前世なんて、存在するわけがないし、この世に存在していない人とつながっているだなんて。お姉ちゃん、漫画の読み過ぎなんじゃないの?」
春次さんと私では、まったくちがうんだから。
「えー、じゃあゆかりは、なんだと思うのさ」
「知らない」
知りたくない。春次さんが
「もう、どうでもいい」
「……どうでもいいって」
姉は
「ちょっと、やめなさい。そうだ、ゆかり。そろそろ立てる? 一回、立ってみて」
母が
すると、今まで眠っていた痛みが、目を覚ました。私は少し顔をゆがませ、腰をベッドの上に下ろした。
「あー、無理だね。ちょっと
そう言って、母はこの部屋を後にした。
「ちょっと、大丈夫なの?」
姉も心配そうにたずねてくる。
「えぇ……」
これには私もショックだった。ずっと大丈夫だと思っていた。心の中では、平気だと思い込んでいた。立つぐらい簡単にできる。と思っていたのに、できなかった。立つことができなかった。私の体は、心が思っているほど大丈夫でも平気でもなかった。私は重傷だ。それをたった今
母が車椅子を借りて、部屋に戻ってきた。
「ゆかり、ここに座って。ずっとベッドの上じゃ、つまらないでしょ。気分転換に
母と姉に
母に押してもらい、屋上へ向かった。
カレンダーの
太陽の存在がとても強い。どこからか、そよそよ吹く風は、冷たい。これからやって来る季節を感じた。冷たいけれど、どこか暖かかった。屋上には、
外はとても
母と姉は、花壇の
「まだまだ大変そうね。しばらくはゆっくり休んでね」
「うん。ありがとう」
正直、ずっとこのままでいいと思った。嫌なことから解放されて、のんびり過ごせるから。でも、そういう訳にも行かなかった。そういう歳になったから仕方がない。それでも、何も気にせずに時を流していたい。
病室の照明は消され、真っ暗になった。
でも、
数秒間、月を見つめて目に焼きつける。そして、正面を向いて、まぶたを閉じる。次はどんな記憶の夢を見るだろうか。
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