竹のような三男
「ファッション雑誌?」
そうだ。春次さんは、別の意味で不思議に思っているのだ。この家の兄弟は、六人中五人が男子。
「これは、……
つゆふみ? あの竹のような感じの弟さんかな。
「わっ、お兄ちゃん!」
するととつぜん、後ろの方から大声が聞こえた。春次さんがふり返った瞬間、いつの間にか目の前まで来たかと思えば、ハヤブサが
「うわっ、露文」
この人が、つゆふみさん。
「それ、お前のだったんだ」
何気ない様子で春次さんは言った。つゆふみさんは、顔を赤くし、もじもじとしていた。
「……勝手に見ないでよ」
「ああ、ごめん。急に出てきたからさ」
つゆふみさんは、うつむいてしばらく
「露文は、こういうファッションとかに興味があるのか」
「!」
つゆふみさんは、しばらく
「……露文?」
つゆふみさんは、下を向いて突っ立ったままだ。見られたくないものを見られてしまった。自分だけのデリケートな世界に勝手に足を踏み入れられた。その恥ずかしさやストレスを一気に募つのらせたのだ。その気持ちはよくわかる。つゆふみさんは、持っていた雑誌をベッドの下に荒く投げ入れ、足早に部屋を出ていった。
一人になった春次さんは、ストンと肩を落とした。そこへ、もっと下の弟──元気いっぱい四男が、ひょっこりと肩まで出して、こちらを見ていた。
「春兄」
「あ、
春次さんが気づき、声をかけると、てるゆきさんは、部屋に入ってきた。
「露兄が怒って出てきたんだけど、春兄何か言ったの?」
てるゆきさんが問うと、春次さんはうーんと顔を落とした。
「たぶんそうだと思う。俺は特に気にしていないけど、露文にとってはしゃくに
「何を言ったの?」
春次さんは
「兄ちゃん?」
てるゆきさんは、少し
てるゆきさんは、
「え、雑誌? 女の人向けのだ」
見つかってしまった。春次さんは、
「露文が持ってたものなんだけど……」
春次さんが見つけて、それをつゆふみさんはいやだったみたいで、怒ってしまった。そのことをてるゆきさんに話した。
「へぇー、つゆ兄こんなの好きなんだ。男のくせに」
ニヤついた顔でつゆふみさんをバカにするてるゆきさんに、春次さんは怒りが込められたため息をつく。だから、言いたくなかったのだろうに、と。
「お前にそんなことを言われるから、露文は見られたくなかったんだよ。別にいいだろ、誰が何に興味を持ったって」
「でもさ、良い年した男が女もの好きなんて、きもくない?」
「男が女ものを好きになってはいけないなんていう決まりはないからいいだろ。人が好むものにお前がとやかく言う権利はない。だから、男が女性ものに興味があったって、バカにしちゃダメだ」
春次さんの
「……ごめん」
場面が変わった。リビングだ。ソファにはつゆふみさんが座っていた。ソファの前のローテーブルには、末っ子の妹ちゃんが絵を描いて遊んでいた。妹ちゃんは、こちらに気づいた。
「あー、お兄ちゃん」
大きな声で言うと、絵を描いていた
「じゃん。春お兄ちゃんかいたの」
「わあ、すごい。絵上手いね、すず」
色鉛筆で描いた絵は、たしかに上手だった。ほめられたすずちゃんは、
つゆふみさんは、ばつが悪そうに春次さんを見ていた。春次さんは、となりに座った。
「露文」
つゆふみさんは、そっぽを向いた。
「ごめん、雑誌のこと」
春次さんは、謝った。
「露文が何に興味があったって、なにも思わないから」
つゆふみさんは、少し間をおいてから、ぽつりとつぶやいた。
「気持ち悪いとか思わないの?」
男が女性のファッション雑誌を好むのは、気持ち悪いこと。私はそう思わないが、この時代はそんな価値観が現在よりも強いのだ。現在よりも一昔前の時代では、男は力強くゆうかんに、女はひかえめで美しく。そんな固定概念が
「思わないよ」
つゆふみさんは、ため息をつく。
「……そんなの
「嘘じゃないよ。嘘をついてるのは露文のほうでしょ」
「……!」
つゆふみさんは、どきっとしたようだ。
「俺は気持ち悪いなんて思わないから、安心して」
「本当だよね。絶対に気持ち悪いって思わないよね」
「うん。思わない。それから照行も、何も言わないから」
「え、あいつが?」
「うん。だから、もっと自信を持って。自分の気持ちに素直になってよ」
「……素直」
すると、つゆふみさんのひざの上にすずちゃんが乗った。そして、小さな両手でつゆふみさんの両頬をぐいっと持ち上げた。
「お兄ちゃん、わらって。ね」
すずちゃんが言うと、つゆふみさんは目を大きく開いた。そして、優しい笑顔になった。目は
そこで目が覚めた。私は強く胸を打たれていた。ああ、つゆふみさん。他人の目なんて気にせず、自分に自信を持って生きてください。
そんなことを思った。
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