加害者の家族
昨晩見た夢──
二回ほど、扉をノックする音がした。コンコンと。そして少しのあいだ、時が止まったかのように何もなかった。そのあいだ、時の流れをノロマにさせる風か何かが流れてきたのかと思った。
扉がゆっくり開いた。入ってきたのは、四十代の後半ぐらいの女性。
奥さんは、私のベッドの側に立った。口が震えていた。目も。必死に押さえ込んでいる手も。
大丈夫ですか。そう言いたかった。でも、言えなかった。
奥さんは立ちつくしていた。
「……ごめんなさい」
私は
「
夫が深々と頭を下げると、それまできまりが悪そうに立っていた娘も、それに続いてぎこちなく、父よりも浅めに頭を下げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
奥さんは、何度も何度もこれを繰り返す。止まらない。完全に
そういえば、私は車に跳ね飛ばされたのだ。けれども、その加害者に対して、怒りを覚えたりしたことはなかった。むしろ、加害者のことなど、全く頭になかった。そのご家族が謝りに来たことで、初めて加害者を意識した。だからといって、死んでもいいと思っていたくらいだから、跳ね飛ばされたことの怒りというのはない。事故に遭う前でも後でも、頭にあったのは自分のことばかり。それに、
「お
「大丈夫ですよ。加害者のことなんて、まったく気にしていなかったので、気にしなくてもいいですよ」
私は、
たんぽぽの綿毛のように、奥さんや旦那さん娘さんに元気をだしてもらえるように。こんな私なんかのために、こんなに顔を暗くする必要も、悲しみに
私の笑みに、少しほっとしたのか、奥さんの狂いは
「
明るい声とともに、若い女の子がこちらにやって来た。これは、春次さんの記憶。そして、この女の子。どこかで見たことがあった。何だっけ。あ。そうだ。あのときだ。事故の時とき。春次さんと一緒にいた女性。彼女も
ここは、大学? 春次さんの通っていた大学の中の部屋。私はまだ大学生ではないので、大学の中がどうなっているのかがわからない。この部屋は、なんだか映画館のような所だった。前には、スクリーンのみたいに黒板があり、一列八個ある椅子の前には、ちょうど八個分の
「あ、
「となりに座ってもいいかな?」
「うん、いいよ」
春次さんは、優しくほほ笑む。そして、授業が始まるまでのあいだ、『
──幸せというものは、当たり前にあるものではない。
私が生きている今現在、飽き飽きてしまうほど、きらいになってしまうほどに痛感していた。今現在では、悲しみと苦しみしか存在しない。かつてはあったであろう私の幸せも、とっくに消えてしまった。幸せというものは、ある日突然消えてしまう。自分でも気づかない。悲しみと苦しみの海の深くに沈んでいる時、初めて気づくのだ。私の幸せは消えてしまっている、と。この二人の幸せも、いつかは消えてしまうのかな。
あぁ、やっぱり春次さんは、死んで欲しくない。二人の幸せ、春次さんの家族の幸せは、消えて欲しくない。この笑顔をずっと保っていて欲しい。やっぱり、あの記憶は嘘であってほしい。初子さんの泣き叫ぶ顔なんて見たくない。絶望する姿も見たくない。あの記憶は嘘であれ。それか、記憶ではなくて、夢、空想だと、思いたい。でも、わかっている。でも、いやだった。誰の幸せも失ってほしくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。