第46話 おかしな彼、浮かれる私。


 一日の授業が終わって放課後を迎えた。

 いつもなら帰宅するか部活に行くかで生徒たちは解散していくのだが、文化祭前の今はその準備で校舎内は賑わっていた。

 私のクラスも例外ではない。修理するものは幅広いため、色々勉強と練習が必要なのだ。そのために教室で作業をしていると、教室の前を通り過ぎる一人の少年を目に留めた。


「おーい、日色君! ねぇあの後大丈夫だった?」


 廊下を歩いている彼を見かけたので声をかけると、日色君はこちらを見て驚いた顔をしていた。


「えぇと…大武さん…? ……あの後ってなんのこと?」


 なぜだか彼は困惑している風にも思えた。眉をひそめて、訝しむような……

 一体どうしたんだろう。私は単にお昼休みに起きたことを聞いたつもりなのだけど……もしかしたら話し合いがうまく行かなかったのだろうか…

 そこにニョッと顔を出してきた戌井が口を挟む。


「ほら、狩野が藤に向かって水を掛けてきただろ。その件だ」

「……え? …そうだったっけ…?」


 まるでど忘れしたかのような反応。…どうしたんだ日色君。もう物忘れするお年頃とか…? あの場に居なかった戌井は噂で聞きつけたというのに、当事者が忘れちゃうのか。


 ──日色君、なんかおかしくないか?

 異変を感じたのは私だけではない。戌井も日色君を見て眉をひそめていた。


「どうしたんだお前、あの女のこと怒ってたらしいのに忘れちまったのか?」

「……ごめん…何のことだか思い出せないや…」


 日色君は頭を抑えて考えこんでいる。本当に把握できていない様子だ。それには私も困惑するしかない。


「あー…もういいよ、あの件は日色君や沙羅ちゃんがビシッと言ってくれたから。…日色君、きっと疲れてるんだよ」


 文化祭の準備もあって忙しいのに、引き止めてごめんね! と言うと、日色君は眉を八の字にして「ごめんね」と言って笑った。…笑ったのだけど…その笑顔は、はじめて会った時の笑顔に似ていた。今思えば作り笑顔だったのだろう。

 ……やっぱりなんかおかしい。

 なぜ、あんなに他人行儀なんだろうか。いつもの私の好きなおひさまの笑顔が陰ってしまったようにも思える。

 

「隆一郎なんかおかしくね? なんかあったのか?」

「うーんこれと言っては……それにしても、駆は大武さんと仲良くなれたんだね」

「…は?」


 日色君の言葉に戌井が間抜けな顔を晒していた。なにを今更なことを言っているのか。自分の能力のせいで内気になっていた戌井が前向きになったことを自分のことのように喜んでいたのに、なぜ今、他人事のような言い方をするのか……

 ますますおかしい。どうしちゃったんだ、日色君。


「じゃ、生徒会室に用があるから僕はここで」

「あ…うん」


 日色君が踵を返して立ち去っていくのを黙って見送っていると、隣にいた戌井が唸り声をあげた。まるで保護犬が警戒して唸っているみたいである。


「…なんか気持ちわりぃな…」


 …返事は返さなかったけど、私も同感であった。

 偽物の日色君とは言わないが、どこか空虚と言うか…私の知っている彼からなにか大事なものが抜け落ちた感じがするのは私だけじゃないみたいである。



■□■



 文化祭の準備は着々と進んでいた。

 うちのクラスでは修理屋ポスター制作に取り掛かったり、事前修理予約を受け付けたりと文化祭本番に向けて始動し始めていた。


「おーい日色くーん!」


 生徒たちに声を掛けてチラシを配っていた私は、歩いている日色君を発見したので声を掛けた。

 日色君はあの日からずっとおかしいままだった。やっぱりどこか他人行儀で……彼と同じSクラスの戌井いわく、一部の記憶が失われているようで話の辻褄が合わないことがあるそうだ。

 …どこかで頭をぶつけた…? ……私が日色君のファーストキスを奪ったラッキースケベ事件で打ちどころが悪くて今になって記憶喪失起こしたとか…? いやそれは時間差がありすぎるから違うか……蓄積されたストレスが原因だろうか。

 ちょっと不安になり始めたが、彼いわく体の調子はなんともないそうなので様子見だな。

 私は気を取り直して、チラシを一枚彼に差し出した。


「うちのクラスで修理屋やるんだ! 日色君もなにか壊れたものがあったら持ってきてよ」


 チラシを受け取った日色君はそれをざっと見たあと、「そうなんだ、ちょっと探してみるよ」と返してきた。


「日色君のクラスは…なんか変わった出し物だよね。日色君は何の仕事するの?」

「僕は裏方だよ。今回は僕の能力はあまり役に立たなさそうだからね」


 そうなんだ。

 しかしこの学校の文化祭の出し物は変わってるよね。超能力者が集う学校なこともあって、その能力を活用した出し物になってしまうのだろうか。


「あ、それとさ、日色君は文化祭の当番決まった? 私は初日が早番で二日目が遅番なんだけど」

「え…」


 文化祭を一緒に回るとこの間約束していたので、彼のスケジュールを聞こうとしたら、また彼は戸惑う表情を浮かべていた。だが、ここ最近ずっと日色君はこうなので、私はいちいち気に留めずに、彼の返事を待つことにする。


「…初日も二日目も遅番だよ」

「そっか! じゃあ一緒に回るのは二日目にしようか」

「え…?」


 一緒に回れそうで良かった。もしも被ってたら誰かに変わって貰う予定だったけど、問題なさそうで良かった。

 約束ね、と私が笑ってみせると、日色君は相変わらず困惑したまま。だけど苦笑いして首を傾げていた。


「沙羅ちゃんが人形劇するんだよ、それ一緒に見に行こうね。あと日色君も見て回りたいところがあったら言ってね。一緒に行こう」


 そしてあわよくばもっと仲良くなるのだ。

 告白とかはまだ早いと思うので。更に親しくなるのが私の狙いである。…日色君もきっと少なからず私に好意を持ってくれている…はずなのだが順序は大事だからね!

 私はそこまで恋愛経験がないので、いきなりどんと突っ込んでいくのは不安なのだ。焦らず、しかし積極的に行きたい。


「……うん、わかった」


 日色君は私の提案にうなずいてくれた。

 ただそれだけなのだが、私は嬉しくてますます笑顔になる。日色君との文化祭デート楽しみだな。回るときはちょっとおしゃれしよう。沙羅ちゃんが私にくれたかんざしをつけたら目を引くかもしれない。


 やっぱりどこか他人行儀な日色君はおかしかったが、文化祭に浮かれていた私はそれをスルーしてしっかり約束を取り付ける。呼び止めていた彼を解放した後は自分も文化祭の準備に戻ったのであった。



■□■



 文化祭当日の朝は清々しい朝だった。

 雲は散っているけど、雨になる気配もなく空気は澄んでいた。

 朝から文化祭会場は大勢の人で賑い、うちのクラスの修理屋もチラシやポスターを目にした客で好評頂いていた。難易度の高そうな電化製品を持ち込まれても、マシンテレパス持ちの溝口さんや機械オタクのクラスメイトの手に掛かれば一瞬で直るのだ。それを目の当たりにした私はアホ面下げて「…しゅごい」とつぶやくしか出来なかった。

 とはいえ、私にもできることがある。主に単純な作りをした製品は私が修理を担当することになってる。ちょいちょい舞い込んでくる修理依頼。私は朝から頑張って修理作業をこなしていた。

 そんな中で私はどこかで見たことのあるキャラクターものの置き時計を手渡された。


「これ、修理頼めるかな。この学校に来る前から使っている目覚まし時計なんだけど、音が鳴らなくなって」


 日色君が修理の依頼にやって来たのである。

 両親に買ってもらったもので愛着があるので、また目覚まし時計として使えると嬉しい、と日色君は説明してくれた。

 塗装が剥げたキャラクターものの時計。これを愛用する日色君可愛いし、いじらしい。


「任せて! 君の愛時計しっかり直させてもらいます!」


 よーし! 私腕奮っちゃうぞ!!

 早速道具を取って丁寧に解体作業を始めた。大体15分から30分くらいで直るとは告げたのだが、日色君はどこかで時間をつぶすわけでもなく、その場に残って私の手元を興味深そうにまじまじと見ている。そんな見られたら指が震えてきちゃいそうなんだけど…

 だけど私はいいところを彼に見せたくて頑張った。


「直ったぁ! 助かるよぉぉ」

「どうです私の能力すごいでしょ」


 仕切りの向こうの隣のブースで、先生が愛用しているパソコンが直ったとかでめちゃくちゃ喜んでる声が聞こえてきた。

 壊れている期間中、手書きでテスト作成や書類仕事していたみたいで腱鞘炎になりそうだったと先生がぼやいている。マシンテレパスガール溝口さんはすごいな。


 私の能力が機械をぽんと治せるタイプだったら良かったのになぁ。PKバリアーと寿命を伸ばす能力じゃ役に立たなそうである。


「ここに来た時、パソコンとか電話は駄目って聞いていたから、所有してる人見かけるとびっくりするよ」


 私は修理を続けながら、暇しているだろう日色君に話しかけると、彼がパッと顔を上げた気配がした。


「…あぁ、先生の使ってるパソコンは外につながるネットが使えないからね。あくまで書類仕事に使うだけなんだ。この都市内にある電話も、使える範囲が決まってると思う」

「じゃあ集中治療室にあった電話は病院の範囲内でだけ使えるように制限されていたのかな?」


 沙羅ちゃんの危篤時に病院スタッフが使っていた電話も制限を受けた上で使用許可か受けれたのかな。なるほどね、私がそう納得すると、日色君が「え…?」と声を漏らした。


「どうしたの?」

「いや…集中治療室って…?」

「あ、ここではあんまり話さないほうが良かったかな?」

「……」


 あの事は内緒だもんね、と私が言うと、彼は沈黙した。そして片手で頭を押さえると、なにか考え事を始めていた。その表情はまた困惑した顔…なんだけど、私には思い出せそうで思い出せない何かを無理やり思い出そうとしているように思えた。


 修理した時計を受け取った日色君は再び鳴り始めたそれに嬉しそうな笑顔をみせてくれた。

 その笑顔を見れただけでも私は嬉しいのだけど、先程の日色君の様子がどうにも引っかかって気になってしょうがなかった。

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