第45話 奪われた恋心【三人称視点】
その少年には幼馴染がいた。この学校にはじめてやって来た9歳の時、同じ時期に入学したひとつ下の女の子だ。彼女と少年の能力は少し違ったが、能力で人を操るという点は共通であった。
彼女は人の一部の記憶を隠蔽、消去できる記憶操作の能力。
彼は声で相手を操る能力。そして天候を操れた。
稀な能力を持つ2人とも、特別扱いを受けていた。
しかし、少女の方は能力をうまく操作できず、周りの人間の記憶を消したり捏造したりして、問題行動が多かった。8歳で親元から引き離されたこともあり、情緒不安定で能力にもムラがあったのだ。
そんな彼女の扱いに困った教師たちは彼女を隔離することにした。そんな事しても彼女の能力がコントロールできるわけでもないのだが、大人たちもどうしたらいいのか手をこまねいていたのだ。
『めぐみちゃん』
『隆ちゃん!』
一人ぼっちの部屋に置かれた少女だったが、彼女には会いにきてくれる人がいた。
同じ時期に入学してきたひとつ上のお兄さんだ。彼は授業が終わるとこっそり会いにきてくれ、門限までの時間、話し相手になってくれたのだ。彼女が彼に懐くのはそう時間はかからなかった。
一人の部屋で膝を抱えて泣いてばかりだった彼女はもっと彼の側でお話がしたいと思うようになった。
彼女は頑張った。下手したら大切な記憶を消しかねない自分の能力を使いこなせるようになるまで時間がかかった。それはとても辛い日々だったけどなんとか頑張った。
ようやくコントロールできる様になった時、一番喜んでくれたのは他でもない彼である。彼女がここまで頑張れたのはなにもかも、親切にしてくれたお兄さんと一緒にいるため。もっとお話するためだ。
それから彼女は彼にくっついて回った。学年が違っても積極的に会いに行った。
特別なクラスに属する少年少女たちは周りからも特別視されていた。少年へ恋慕を向ける女子たちへは少女が牽制した。
彼女は信じていたのだ。
いつか彼だって自分の気持ちに気づいてくれる。選んでくれるはずだって。──彼の側には私しかいないのだと。
──なのに彼が惹かれたのは、突然現れた編入生の女だったのだ。
「めぐみ、話を聞いているのか?」
その言葉に少女は肩をピクリと揺らした。
彼女は嫉妬に狂い、相手の女に水を引っ掛けたことを少年に叱られていた。
少女は屈辱でこぶしを握りしめた。
理解できなかった。なぜあんな女を庇うのかと。平々凡々な普通クラスのなんの取り柄もない女。なぜあのような女に彼は惹かれてしまったのか。
少年が叱りつける言葉何一つ聞き入れたくなかった。あの女を庇い立てする言葉なんて。
こんな彼を見たくなかった。自分しか見てほしくなかったのだ。
彼女は腕を伸ばして彼の首に抱きついた。
それには少年もびっくりして説教を止めた。目を丸くして幼馴染の少女を見下ろす。
「隆ちゃん、キスして!」
「……え?」
唐突なおねだりに少年は固まった。少女の口から飛び出した言葉の意味がわからなかったのだろう。
「あの女にはキスしたじゃない。なんであの女なの? 私のほうがずっと側にいたのに。隆ちゃんを理解しているのは私なのよ?」
ボロボロと涙を流す少女はここぞとばかりに思いの糧を吐き出した。
「隆ちゃんが好きよ。私、隆ちゃんの彼女になりたい」
その言葉を受けてようやく少年は理解したようだ。以前「幼馴染の子から恋情を向けられてるよ」と指摘を受けてはいたものの、心のどこかで信じていなかった。
本人から直接伝えられた少年は、少なからず動揺していた。彼の中で少女は幼い頃のイメージが強く、守るべき妹のような存在だったからだ。
「ねぇ。キスして」
「……ごめん」
困惑したままの少年は一呼吸置いて、やんわりと彼女を引き離す。そして気まずそうに小さく謝罪した。
「…めぐみのことをそんな風に見たことはない。…そういう風に見れないんだ。ごめん」
誠実な彼にはそれしか言えなかった。少なくとも彼には情けで幼馴染と付き合うという考えにはいたらなかったのだ。
彼には気になる女の子がすでに居たからである。
キスを拒まれ、告白を受け入れてもらえなかった少女は呆然としていた。その両頬からボロボロと溢れる涙。
少年は気まずそうに顔をそらすと、説教を続行する気にもなれず、踵を返した。
好きな人に背中を向けられた少女…めぐみはグッと唇を噛み締めた。好きで好きで仕方なかった彼が今では憎らしくなってしまった。
……それは衝動的な行動だった。
彼女は素早く足を動かして彼を追った。スッと腕を伸ばすと、彼の背中に触れる。
驚いた様子でこっちを振り返ってきた少年…隆一郎と目が合っためぐみは涙を流しながら絞り出すような声を出した。
「隆ちゃんが悪いのよ?
──私を見てくれないから」
彼女の能力は一部の記憶を消去する能力だ。
ある少女と隆一郎のこれまでの交流の思い出を彼の記憶から抜き取る。彼の中に芽生えたその感情を奪ったのである。
彼女は、彼から恋心を綺麗サッパリ消し去ったのだった。
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