第47話 エンジョイ文化祭!


「藤っちはどこからどう見ても健康体だね!」

「ホント?」


 私は血流操作…体の血液を操る能力を持つ澤口さんの施術を受けていた。

 お隣Sクラスの文化祭の出し物は、世にもレアな“お手軽健康診断&マッサージ屋”である。能力者によって体内に直接アプローチした健康診断が受けられる。レア能力を持つSクラスの生徒の能力を使ったマッサージというのは少々変わっている。

 まず澤口さんは他人の体の血流を操作、解析する能力を持つのだが、これによって人の血管の異変を察知できる。そして他にも体内を透視する能力持ちによる診断も受けられるらしい。流石にここでは医療行為が許されないので、異常が見られたら病院にて詳しく検査が必要だけど。


 施術した人には肩たたき、足もみ、コリほぐしなどのメニューを受けられるサービス付きだ。…これは超能力者じゃなきゃ出来ない出し物である。他人の血液を操れるってすごい。超能力ってすごいね。


「水月ちゃんはー……うーん、ちょっと風邪のひき始めかな? 喉あたりに異常感じない?」

「あ…多分人形劇の練習で声を出しすぎたせいかと。喉が乾燥しているみたいで…」

「あらら、大変。蜂蜜生姜湯飲んでってー」


 一緒に施術を受けに来た沙羅ちゃんはほんの軽い風邪だろうとのことで、サービスの手作り蜂蜜生姜湯を貰っていた。沙羅ちゃんがそれをちびちび飲んでいる横で私はSクラスの女子から肩を揉まれながら極楽気分を味わっていた。


「大武さん来てくれたんだね。さっきは時計を直してくれてありがとう」

「こちらこそお店に来てくれてありがと」


 日色君は裏方だと言っていたのに、わざわざ出てきて声をかけてくれた。さっき会ったばかりだけど、また会えて嬉しい。


「…水月さんと仲良くなったんだね、大武さん」


 日色君はそう言って私と沙羅ちゃんを見比べてきた。

 また物忘れしてる…。彼こそ血流マッサージ受けたほうがいいんじゃ…ストレスで記憶をなくすってこともあるらしいし……


「…日色先輩、どうしたんですか?」

「…? なにが?」


 そんな日色君に異変を感じたのは沙羅ちゃんもである。彼女は疑うように日色君を見上げていた。Sクラス所属の彼らは学年も性別も違うためそんなに親しくなかったが、私を通じて挨拶を交わす程度には話すようになった。

 なので今更そんな事言われたら沙羅ちゃんも戸惑うであろう。だいぶ前から仲いいの知っているのになんでだって。


「隆、なんか最近おかしいよね。記憶が一部抜け落ちてるっていうか。藤っちと水月ちゃんが仲いいのは今に始まったことじゃないのに……一体どしたの?」


 澤口さんからの指摘にも日色君は困った顔をしていた。


「どうしたのこうも…」

「隆ちゃん!」


 日色君が口を開きかけたその時、彼のお腹に腕が回ってきた。誰かが日色君の背中に抱きついたのである。


「……めぐみ」


 高嶺の花扱いの日色君にそんな事するのは幼馴染の彼女くらいであろう。彼女はにっこり笑顔で日色君にくっつき、嬉しそうに笑っていた。

 それに日色君は動揺するわけでもなく、仕方ないなと苦笑いしていた。


「めぐみ、いきなり抱きついたらびっくりするだろ?」

「それ狙ったんだもん」


 いたずらに笑う彼女を日色君は優しい目で見下ろす。それを見た私は嫌な気持ちになった。

 ……わかってるんだ、彼女は日色君の妹のような存在。日色君の特別だって。だけどそれでも面白くない……私が微妙な表情で見ていると気づいたのか、めぐみちゃんがこっちを見た。ぱっちり私と目が合う。


 あ、いつものように噛みつかれるかなと思って身構えたのだが、今日は違った。

 にっこりと彼女は笑った。私に向かって笑顔を向けてきたのだ。びっくりした私は目を見開いて固まった。

 めぐみちゃんが笑ってくれたのはとてもいいことだ。今まで怒っている顔ばかり向けられてきたのだから……それなのに、なぜかモヤッとした。


「山川先生…ちょっと怪しい部分があるんで病院行ったほうがいいです…」

「早くない? 透視はじめてまだ3秒くらいしか経ってないよ?」

「だってなんか肺のところに怪しい影が…」

「やめて」

「あと血管の中がドロドロです」

「やめろ、みなまで言うな」


 後ろのブースで淡々と診断を下す生徒の声と、教師からのクレームが聞こえてきてはっとする。私はめぐみちゃんから視線をそらした。

 その際視界に入ってきたのは隣で蜂蜜生姜湯を飲んでいた沙羅ちゃんである。彼女は観察するように私達を眺めていた。


「あ…長居しちゃったね、もう行こっか沙羅ちゃん…」

「……うん」


 これ以上長居しては邪魔だ。お店の邪魔になるということで、私はそそくさとその場を後にする。

 それだけじゃない。仲の良さそうな彼らを見ているのが耐えられなかったのだ。たとえ、日色君が彼女を妹のように思っているとわかっていても。


「…日色先輩、なんだか様子がおかしいね」


 隣を歩いていた沙羅ちゃんの言葉に私はため息をついた。


「…そうなんだよ。なんか最近他人行儀な感じするんだよね」


 疲れてるのかなぁ? と思いたいけど、それだけじゃないような気がしてスッキリしない。澤口さんもさっき言っていたけど、記憶が穴だらけになっている気がするんだよね……

 こうも周りの人間が日色君の様子がおかしいと気づいているんだ。…めぐみちゃんは日色君の異変を感じたりしないのだろうか?


「…もしかして」


 ぼそり、と沙羅ちゃんが呟いた。


「え?」

「…ううん、こちらの話。確証はないから」


 沙羅ちゃんはそう言って首を横に振った後、しばし考え事をしているようであった。私達はなんとなくスッキリしない気分のまま1年S組の教室から離れた。

 校舎を出て、中庭を通り過ぎると、そこからしばし離れたところに透明のガラス張りの部屋がある。そこは園芸部の温室である。

 私はそこに近づいたことがないが、沙羅ちゃんは一人になりたい時、ここへ逃げ込んでいたらしい。


 立派な温室だ。さぞかしきれいな植物が多いのだろうと思ったら、予想と違った。中はジャングルみたいだった。扉を開くと温室内は熱気が籠もっていた。私はぐるりと温室内を観察する。

 ──すると、シュルッと眼の前を何かが横切った。

 ……私の目の錯覚じゃなければ、植物がうねうね動いているように見える。


「ちょっかいかけなければ危害は加えないわ、大丈夫」


 私がそれを見上げて固まっているのに気づいた沙羅ちゃんは私を安心させるべくそう言うと、慣れた風にその中へと入っていく。


「ピッ! ピョロロラ!」


 いつ入り込んだのか、ピッピはなにかの木の枝に留まって元気よく鳴いていた。いつからいたのあんた。


「やぁいらっしゃい」


 分厚い眼鏡をした白衣の学生が樹木に触れながら笑顔で出迎えてきたのだ。


「彼は園芸部の部長さんで、植物医志望なのよ。彼は植物と意思疎通ができるの」

「へー小鳥遊さんの能力と似てるね」


 沙羅ちゃんは部長さんと顔見知りなのか、軽く会釈していた。

 植物と意思疎通ができるなら、こうして植物を動かせるというのか…? いやいや、おかしいだろというツッコミは野暮なのだろうか……


 私がぼーっと考え事をしながら歩いていると、シュル…と眼の前にしなやかな枝が伸びてきた。

 それは私の腰回りに絡みついてくる。


「…?」


 沙羅ちゃんによると、手出ししなければ危害は加えられない。

 動物が人に懐くようにここの植物も人懐っこいのかなと思ってそのまま動かないでいると、ふわっと身体が浮いた。


「んなっ!?」

「あ、藤ちゃん!」


 私は枝に絡みつかれ、地面から引き離されていった。


「ちょっちょ待って! 私は高所恐怖症なんだよーっ!」


 私が悲鳴を上げたからかなんだか知らんが、ストンと降ろされた。場所が木の枝の上であるが。


「違う、地面におろして」

「ピッ!」


 私がそばに寄ってきて嬉しいのか、ピッピが肩に乗ってきて高らかに鳴いたが、私はそれどころじゃない。

 地上にいる沙羅ちゃんや部長さんが小さい。ちがう、そうじゃない。それほど私が高い場所に留まっているのだ…!


「ヒィー死ぬよぅ…」

「藤ちゃん落ち着いて!」

「こら、下ろすんだ、怖がってるだろう!」


 私は木の幹に捕まってヒィヒィ呻いていた。

 樹木には高所恐怖症という概念がないのか、部長さんの説得が伝わるまで、しばしその場に捨て置かれたのである。



■□■



「それで私しばらく足腰立たなくて…」

「そうなんだ、災難だったね、大武さんは高いところが苦手なの?」

「えっ、だいぶ前から日色君も知っていたじゃん」

「…そうだったかな?」


 文化祭2日目、その日は遅番である私は朝から日色君と文化祭デートをしていた。沙羅ちゃんのクラスの人形劇を見に行くことになり、中等部の教室まで移動中、昨日の出来事を日色君に話していたのだけど、そこでまた日色君はおかしな発言をしていた。

 遠足のときに私の高所恐怖症を知って、つい先日には空中高い高い事件で私が腰抜かした現場に居合わせたじゃないか。…いや、私の全てを理解しろとは言わんが、それにしても色々忘れ過ぎだよ日色君。


 私は日色君の「すべて初耳です」という態度にもやもやしていたが、日色君は日色君で複雑な表情を浮かべていた。思い出そうとしても思い浮かばないとでもいうかのように。



 沙羅ちゃんのクラスの人形劇は人形たちが自由自在に動いていた。人形遣いの能力だと聞いていたが、まるで魂が宿ったかのような動きに私は感動した。

 人形の声をアテレコしている沙羅ちゃんの可愛い声が聞こえてくると、私は隣に座っていた日色君の腕をつついた。沙羅ちゃんだ、沙羅ちゃんの声だよ!

 私は沙羅ちゃんがいきいきと演技するその姿を見てジィンとしていた。出会った頃は悲しそうな表情を浮かべていた沙羅ちゃんがこんなにも…!


「…水月さんは変わったね」

「そうだね、あの校長を罷免してよかった。日色君がいてくれなきゃ今の沙羅ちゃんはいないんだよ」


 私一人では何も出来なかった。

 私にはツテなんてないから、現校長代理先生を呼び戻す真似なんて出来なかったし。日色君様様だよ。


「……僕、なにかしたっけ…?」

「んもー謙遜しちゃってー。日色君のそういう所もったいないよー」


 日色君が謙遜みたいなこと言うので、私は彼の肩をバシバシ叩いた。


「ていうか入学してから今まで私は日色君に助けられっぱなしだよ。本当に感謝してるんだよ」

「……」


 私がそう言うと、日色君は黙り込んでしまった。


「そうだ! 3年の教室でカフェやってるんだって! 今日は私がおごるからお茶しに行こう!」


 私が日色君の手をにぎると、その手がビクリと震えた。だが私は積極的に行くと決めたので、しっかり握って彼の手を引っ張ったのである。

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