第22話 忠犬・戌井の出来上がり。どういう心境の変化なの。
先日戌井の能力を弾いた時、私は無意識に身を守っていた。無我夢中だったけど、そのお陰でなんとなく能力の出力のコツを理解できた。
今はまだムラはあるけど、以前に比べたら進歩した。
──バシッ
「そう! その調子で!」
今日のSPI実技でも能力を出して、講師が投げてくるボールを弾くことに成功した。ずっとボールに命中したり、物理的に避けたりしていたので、こうして能力で回避できてとても嬉しい。
能力の使い方によってはすぐにガス欠を起こすので、能力の容量を維持しながら使うことを覚えるようにと言われた。超能力は寿命が削れる削れない関係なく、どっちにしても心身に負担がいくから、うまくコントロールするようにだって。
「あぁ、そうだ。大武さんに聞きたいことがあったんだ……S組の戌井君の能力が暴走した件があったでしょ? あの時、どうやって止めたのか詳しく教えてほしいんだ」
「…?」
講師の先生に尋ねられた私は首を傾げてしまった。
どう、やってと言われても…
「PKバリアーを張って、戌井に近づいて……奴のおでこを叩きました。手のひら越しにエネルギーを流し込む形で……そしたら暴走が収まって」
「流し込む……」
「私、外の世界で暴走車でぺっしゃんこにされそうだったところでバリアーを使ったんですけど、その時と同じ要領でやりました」
とりあえず止めるってことだけを考えていた。
戌井の中でエネルギーが変異したのか、それともバリアーで抑え込んだだけなのかはわかんないけどね。なんでもありの超能力だから深くは考えてない。
講師は考え込む仕草をしていた。数十秒沈黙が流れたが、終業のチャイムが鳴ったので彼はハッとした様子で生徒たちを集合させていた。
……今までどうやって戌井の暴走を止めていたんだろう。能力者がたくさんいるからそれぞれやり方が異なるのだろうか。
「先生と何の話していたの?」
更衣室でジャージから制服に着替えた後、教室に戻っている途中で小鳥遊さんに問いかけられた。
「戌井の暴走を止めた時どうやって能力を止めたのかって」
「あぁ…いつもは精神干渉で無理やり昏倒させるやり方で止めていたからね…」
そうなんだ。
私と同じバリアー使いの人なら止められそうだけど……精神干渉……あんまり回数多いと反発したくなる気もわかる。暴走した戌井が悪いとしてもね。
「戌井君の攻撃系PKは暴走し始めたら手がつけられないから、眠らせたほうが早いの」
小鳥遊さんの言うことはわかるけど、それじゃ戌井はいつまで経ってもコントロールできないんじゃと……能力が個性的だから仕方ないのか…?
「あなたと似た能力者が彼の暴走を止めようとしたことがあるのよ。だけど戌井さんはそれに反発して、その能力者は大怪我をしたの」
私の心を勝手に読んだ雲雀さんが後ろから補足してきた。彼女は「彼も苦しいでしょうけど、学校側も手を焼いているのよ」と話を締めくくった。
私が腕を組んでうんうんと唸っていると、頭頂部を占拠しているピッピがぐさっとくちばしで頭皮を突いてきた。
「ピッ!」
「あいたっ」
「大武さん」
どうやら日色君がやって来たことを知らせたつもりらしいが、彼はこうして声を掛けてくれたから突く必要はないと思うんだ。
日色君の登場に、私の周りにいた女子生徒がざわめいた気がしたが、それは黄色い声によく似ている。彼女らから憧れの眼差しを向けられていることに彼は気づいていないのだろうか。この鈍感ボーイめ。
日色君は私の後ろの女子生徒をちらっとみて、そして私へ視線を戻すとニッコリと微笑んだ。
「仲良くなったみたいだね、良かった」
ホッとした様子で微笑むから、私まで嬉しくなってしまうじゃないか。
「ありがたいことに認めてもらえたみたい」
能力者だって証明できたからね、と続けると、日色君はなんだか神妙な表情を浮かべていた。
「…大武さん、今回は巫女姫…水月さんのお陰で治りは早かった。傷跡は残らなかったけど、毎回こんな怪我をしていた身がもたないよ」
日色君の言葉に私は目を丸くしてしまった。
毎回怪我って……いやいや、そんな頻繁に怪我するとかないでしょ。確かに超能力の学校だから色々あるだろうけど、だからといって毎回事故に巻き込まれるのはごめんである。
「そんな心配しなくても大丈夫だってー」
私はへらへら笑って手を振った。
私は転入生なので、この学校の勝手がわからずに怪我したり衝突したりしてるけど、最初のうちだから仕方ないって。慣れてけばそのうち落ち着くさ。
「それよりさ、戌井の暴走を止めたことで能力の出し方のコツが分かったんだよ!」
「うん、それはいいことだけど、よく考えて行動してね?」
眉を八の字にして苦笑いする日色君。なんだい、その仕方のない子を見るような目をして。
ふと、日色君が今気づきましたと言わんばかりに物珍しそうに私の首から下をサッと眺めていた。
「この学校の制服似合ってるね」
「ちょっとまだ慣れないけど。ブレザーって首元が苦しいね。セーラー服の場合はまだゆったりしてたから…」
少々着崩しているのは大目に見てね。きっちりした場では我慢して締めるから。
日色君は優等生のお手本みたいにきっちり着こなしていて偉いな。
「ふ、藤さん、私達は先に行ってるわね……」
「え? あぁうん…」
クラスメイト達はそそくさと逃げるように立ち去っていった。なんだなんだ、忙しないな。
「呼び止めたみたいでごめんね」
「いいよいいよ。次は昼休みだし、今日は沙羅ちゃん来れない日だし…」
今日はぼっち飯になりそうだ。日色君を誘ったら一緒にランチしてくれるだろうか。
「…藤」
まるで心を開きかけた保護犬が前足でちょんと背中を突いてきたようなおっかなびっくり感がその声に滲んでいた。
「ん? …戌井、あんたそんなにお腹が空いているの?」
私が振り返った先には保護犬もとい戌井が大量のパンを抱えていた。売店でバーゲンでもあったのか。
「…クリームメロンパンとコロッケパン買ってきた……藤が食べたいって言っていたから」
「あ、くれるの? ありがとう」
私にパンを恵んでくれるらしい。
それならありがたくもらおう。
「駆が4時間目終わってすぐさま教室を飛び出したのは大武さんのためにパンを買いに行っていたのか」
日色君はそんな戌井を見て微笑ましそうに笑っている。長い事、人を遠ざけてきたクラスメイトがようやく心を開き始めたのが嬉しいのだろうか。目が完全に兄の目だよ。弟を見守る兄の目をしているぞ…同じ年なのに……。
戌井は持っていたパンをすべて私の腕に乗せてきた。くれるってこれ全部のことなのか。
「…嬉しいんだけど、これ消費できる量じゃないよね。」
「藤の友達に分けたらいい」
「折角だし、ここにいる3人で食べようよ。日色君、お昼誰かと食べる約束してる?」
「いや…それは大丈夫だけど……僕もご相伴に預かっていいの…かな?」
日色君が首を傾げて確認すると、戌井は「ん」とうなずいていた。
その後3人でパン祭りを開催した。おしゃべりするのは私と日色君がメインだけど、話を振れば戌井はボソボソと返してくる。何だこの借りてきた猫みたいな態度は。
この間までとは天と地の差である。ブスブス言っていたのは何だったのかってくらい、戌井は懐いてきた。私が食べたいけど売り切れてるとぼやいた売店の人気パンを買ってきてくれるとか……本当どうしたの。
野良犬が保護犬になって、今じゃ忠犬じゃないですか。
■□■
「では、安全に怪我のないように訓練を始めてください」
「先生質問です!」
訓練開始の合図をした講師の先生に私は元気よく挙手した。
「大武さんどうしたの?」
「なぜ私がS組のSPI実技に参加しているのか理解出来ないのですが!」
担任の先生に呼び出され、ジャージに着替えて体育館に行けと言われた私は疑問に思いながらも一人で体育館にいったのだが、そこにいたのは1年S組の生徒さんたちだ。
ジャージでも特別クラスと区別つくようにラインが入っている。なのでただ1人普通クラスのジャージ着用の私はアウェイ感に苦しんだ。日色君や戌井が不思議そうにこちらを見てるが、私も不思議なんだよ。
講師がやって来て何やらお話を始めたが、私がここにいることに言及しない。おい、私はなぜここにいるのか説明してくれないか。
講師の先生はあぁ、と呟くとあっさり言ってのけた。
「大武さんのPKバリアーは戌井君の能力と相性が良さそうだからね、戌井君の能力抑制のお手伝いをしてもらいたいんだ」
「……私、初心者なんですけど」
「もちろん、先生が絶対に側に付いているし、万が一のことは起きないようにサポートする」
いや…うん、手を焼いていた戌井の能力をコントロールできるかもしれないなら、私も手伝ってやりたいけどさ…
「あの! それ以前にこの時間の授業についていけなくなります!」
「大丈夫! その時間の映像を録画しておくから!」
それ1人補講じゃないの。
ボッチで授業受けろってことじゃないの。
「戌井君と大武さんはグラウンドで実技しようね」
精神干渉能力のあるサポート役の先生に声を掛けられて、私と戌井はグラウンドに出ていった。周りの生徒に怪我をさせないように、障害物のない場所で個別で訓練するらしい。
その日から、私のSPI実技の時間は2倍になり、抜けた時間分の授業をボッチで受ける量も増えたのである。
2倍になったお陰で否応がなしに自分も能力コントロールが確実に上達していったけど……なんかなぁ。
戌井の忠犬ポイントが日増しに増えていっている気がするんだよなぁ。
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