第15話 その声が心地よい。ヒーローは遅れてやってくる。


 目をつぶっていた私は水が頭から振りかぶるのに構えていた。


 ──バシャーンッ

「……?」


 ……だけど、水の音が聞こえた後も水がかかる感じはしない。

 あれ…濡れていない…?

 恐る恐る目を開くと、床一面に広がった水。そしてこちらを忌々しそうに睨みつける水を操る能力者。


「チッ…バリアーか…」

「なに、こいつは未だにコントロールできていない劣等生だ。俺らの敵じゃない」


 彼らの言い方では、私は無意識に能力で自分の身を守っていたらしい。

 …命の危機ってほどじゃなかったけど、出たな。


「今のはまぐれだ。……ちょっと窒息させて苦しめたら言うこと聞くだろ。強気なのも今だけだ」


 何その拷問……とても怖いこと言ってる…


「やめて…おい、やめろや!!」


 第二弾・第三弾と水の球が宙を自在に舞った。そのどれも標的は私だ。私の顔を狙っている。私はそれから逃れようとひょいひょい避けた。まるでドッジボールのよう。球が2球も3球もあるけど…


「ちょこまか逃げるな!」


 パシッ…とか細い火花が迸る。

 一瞬脳裏に映ったのは私が男子生徒に後ろから羽交い締めにされ、相手の目論見通り水責めにされる場面である。

 ──後ろだ!

 私はサッとその場から飛び退く。


「チッ…」

 

 嫌な予感にすぐさま反応すると、案の定後ろにいた。

 先程まで目の前にいたはずの奴がいつの間にか私の背後に回っていたのだ。…瞬間移動? テレポートか?


 ──バシャッ

 私目がけて放たれた水の球が見えない膜に弾かれて、水しぶきを上げる。

 行き場をなくした水はあたりに飛び散り、後ろにいた男の上半身にかかった。


「テメ…っ」


 ギロリと睨まれたが、これ私がやったんじゃないもん。水のボール投げた奴が悪いと思わないか? そもそも自分がされて嫌なことを他人にする自分が悪いと思わないかね?


「もうあんた達はいいわ! 私の能力で仕留めてやる…!」


 そう言って女子生徒が前に出てくると、私に向かって手をかざしてきた。


「PKバリアーって結局エネルギーを弾く程度でしょう? …時間だったらどうかしら?」


 時間? ……何を言っているんだ?

 彼女の言っている意味がわからず、私は相手を注視した。未だに自分は能力の使い方をわかっていないが、危機的状況の今ならかわせるはず…


「“止まれ!”」


 その命令に私の動きは止まった。

 私だけじゃない、目の前にいた女も、その後ろにいる水男と瞬間移動男も動きが固まっていた。

 女の手は私の目の前まで迫っていた。いつの間にここまで距離を縮められていたのだろう。


「…君たち一体何をしているんだ! 入学したての初心者に向かって…!」


 あぁ、日色君だ。

 日色君が声の能力を使ってこの状況を止めてくれたのだ。彼の肩にはいつの間にかピッピが乗っている。…ピッピが日色君を呼んできてくれたのだろうか。何という忠インコよ…

 彼は固まっている私達の間に割って入ると、私を庇うようにして相手を叱責した。それから数秒遅れて私の体は弛緩して自由が効くようになる。


 これが、日色君の人を従わせる声の能力か……すごいな。

 術者によっては悪用される恐れがあるけど、彼はきっとそんな事しないであろう。だから私は妙に心強かった。


「君たちの行いは調べたらすぐに詳細がわかる。反省房行きは覚悟しておくんだな」

「!? そんなっ」

「私達はただ巫女姫様をお守りするために…!」


 反省房という単語に敏感に反応した親衛隊達。

 沙羅ちゃんを守るためとか言っているけど、ただ自分が気に入らないからやってんだろ。こんな事して沙羅ちゃんが喜ぶとでも思ってんのだろうか。


「言い訳はこれから聞くよ…無駄な抵抗はやめて大人しく“着いてくるんだ”」


 あ、また能力使った。

 なんだろうな、命令されているのに、日色君の声の質が穏やかでいつまでも聞いていたくなるんだよな。これも能力の効能なのだろうか。私は頭の中をほわーんとさせながら日色君の後ろを着いていく。

 その背後では親衛隊たちが仲間割れしてお互いを罵倒していた。日色君どうせなら彼らを黙らすところまで能力使ってほしかったなと言うのはわがままなのだろうか。



■□■



 この学校にはいろんな能力者がいる。監視カメラや目撃者がいなくても、サイコメトリー能力持ちの人がいれば、すぐに状況が把握される。

 そんなわけで被害者が私、加害者は自称巫女姫親衛隊と詳らかにされ、彼らは反省房行きとなった。

 反省房行きを命じられた時彼らはもうすっごい嫌がっていたので……どれだけ恐ろしい場所なんだろうとゾッとした。


 これまでの一連の嫌がらせは彼らの仕業。じゃあ藁人形の犯人は? と先生に聞いたが、事情を知っている先生は苦笑いして「…彼らの仲間だよ。もう既に反省房に入ってる」と教えてくれた。

 罰を与えているけど、それが誰かは教えてくれない模様だ。私が逆襲に行くとでも思われているのだろうか…



「大武さん大丈夫?」


 職員塔を出ると、日色君が気遣わしげに声を掛けてきたので私はハッとした。

 助けてくれたのにお礼を言いそびれていたと。


「助かったよありがとう! 日色君にはいつも助けてもらってばかりだねー! ていうか私能力出せたよ!」


 その瞬間を是非とも見てほしかったが、多分日色君は目撃してないだろうな…。そして出せたのはいいが、今PKバリアーを今出せと言われても出し方がわからない……どうやって出したっけな……ふりだしに戻ってしまったぞ。


「…良かった…のかな?」


 状況が状況なので、おめでとうと言っていいのかわからないと言った反応をする日色君。


「良かったんだよ! そうそう、私ね中等部の沙羅ちゃんと仲良くなったんだー!」

「うん、意外な組み合わせだけど、大武さんならすぐに仲良くなるだろうなって思ったよ」


 彼と沙羅ちゃんは違う学年だが、同じ特別クラスの生徒。この箱庭の狭い世界の学校の生徒なのでお互いを認識しているに違いない。

 

「日色君と沙羅ちゃんは会話しないの?」

「学年も違うし、異性ってのもあるから…」

「あ、そか、日色君は彼女がいるから気を使うよね」


 今こうして私と喋ってるのも彼女に見られたら誤解を生むな。

 だけどそうしたら貴重なおしゃべり相手がいなくなってしまうので私が困る。ならばどうしたらいいんだ…?


 先程まで隣を歩いていた日色君の気配が消えたので、私が振り返ると、10メートル後ろくらいで彼は立ち止まっていた。


「どうしたの?」

「……彼女? 誰のこと…?」


 疑問でいっぱいの表情を浮かべた日色君。それにつられて私も疑問を浮かべた。


「おいおい、隠さなくてもいいんだぞー? 見たんだから。この間の日曜日に可愛い女の子と腕組んで歩いてる姿!」


 私が冷やかすように恋バナしようぜーと日色君を突くと、彼は困惑した表情のまま、首を横に振る。


「…日曜……めぐみのことかな? 彼女じゃなくて、妹みたいな存在なんだ。僕のことを兄のように思ってくれているだけだよ…あの日も買い物に付き合ってほしいって連れ回されただけなんだ」

「えー? 日色君はそう思っていても相手は違うと思うなぁ」


 あの日、日色君に抱きついていたあの女の子の目は好意を向けている目であった。…まぁ、お兄ちゃんを慕う目じゃないか? と言われたらあれだけど、あのスキンシップとか距離感考えると、恋してるに一票だな。

 …なのだけど、日色君はうーん…という微妙な反応。


「そう言われても……初等部からの付き合いだからなぁ。ここに来た時期が同じなんだ。それで懐かれて……いわゆる幼馴染みたいなものなんだよね」


 彼はいまいちピンとこないようだ。

 絶対に幼い頃からあんな感じだから鈍ってんだ。


「ええー! 彼女は絶対にお兄ちゃんとか思ってないから! 日色君鈍すぎだって!」


 実の妹じゃないんでしょ?

 女の子は男の子よりも大人になるのが早いんだよ? いつまでも妹だと思ってたら大間違いなんだぞ!


 …と、私が説明してあげると、日色君はようやく意識し始めたようで、なんだか落ち着きが無くなってきた。

 なんか……いつも落ち着き払っている日色君が思春期っぽい…あ、同い年だったわ。

 彼の反応が可愛くて可笑しくて、私はケラケラと笑ってしまった。 


「日色君てばかわいいー! 日色君もそんな情けない顔するんだね!」

「大武さんからかわないでよ…」


 日色君は頬を赤らめてムッとした顔で私を軽く睨んできた。…顔が赤いから迫力に欠けているぞ?


「ごめんごめん。だけどからかったんじゃないよ。遠かれ早かれ、そのめぐみちゃんから想いを告げられると覚悟しておいたほうがいいと思うなぁ」


 年頃の男女がそばにいるってそういう事なんだから。男女の友情ってのは稀なんだよ?

 私が彼の顔を覗き込んで教えてあげると、日色君は私を見下ろして困った顔をしていた。頬が赤いまま、彼は何も喋らなくなってしまったのである。


 …ちょっとからかいすぎたかな?

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