第16話 ハロー! 圧力鍋男。PKバリアー持ちの私に勝てるかな…?


「どうしたの藤ちゃん? まだ調子悪いの?」

「うぅん、なんでもない大丈夫」


 考え事をしていたら沙羅ちゃんを心配させてしまったようだ。

 巫女姫親衛隊に襲撃されて一週間過ぎた。沙羅ちゃんは至って普通なので、恐らく巫女姫親衛隊という存在を彼女は把握していないのだろう。

 そして私も彼女にあのことを知らせるつもりはない。沙羅ちゃんは悪くないし、知ったらきっと彼女は自分を責めるから。


 私はいつものように沙羅ちゃんとお昼ごはんを食べると、笑顔で彼女と別れた。


 ……それにいろいろやらかしてきた彼らは反省房に入れられているから、十分罰を受けている人間に今から罪に問うのはどうかなとも思うんだ。

 外からの光が届かないという反省房だが、その場所でも勉強できるよう、液晶モニターが配備されてるから勉強の遅れは心配ない。モニター越しに授業を受ける形だ。

 食事は出るし、運動の時間も設けられる。ただ、人と会話できない、基本的に閉鎖空間に閉じ込められるという話だ。虐待されるわけじゃないし、日程が終われば出られる。嫌がらせではなく、生徒に反省を促すための措置だ。入りたくないのなら、人に嫌がらせをしなきゃいい話なのだ。

 ……あんなに彼らが嫌がっていた反省房とはどんな場所なのだろうか?



 ──ドンッ

「イッテ!」

「…チッ」


 肩に衝撃が走った。

 相手の肩の骨が当たってめっちゃ痛い。私が肩を抑えて顔をしかめていると、ぶつかってきた相手は舌打ちをして、そのままスッと横を通り過ぎていった。


 私は相手の顔を見逃さなかった。

 あの性悪男…!


「おい! そこの戌井駆! 私の髪の毛引っ張ったこと許さねーから!」


 これだけは言ってやりたかった。

 ずっと文句言おうと思っていたけどなかなか遭遇できなかったんだ!

 私の文句にピクリと反応した戌井はくるりと首だけ振り向かせ…その切れ長の瞳でギロリと私を睨みつけてきた。

 

「…うるせぇブス」

「はぁぁ!? 誰がブスだ誰が! あんた悪口のバリエーション少なすぎない!? 口を開けばブスしか出てこないわけ!?」


 ムッカつくわァァ!

 いくら顔がイケメンでもこれはあかん! あかんわこいつ!!


「髪の毛すごい抜けていたんだぞ! すごく痛かったんだぞ! あんたには人の痛みがわからないのか!」


 自分がされて嫌なことを他の人にしてはいけません!

 自分も同じ目に遭わなきゃわからないってのか? 親が側にいないなら身近な大人が教えなきゃいけないと思うけど、教わらなかったの?


「失せろ」

「そうじゃないでしょ! 人を傷つけたら反省して謝る! これ大事だよ。これが出来ないと人に嫌われるんだからね」


 言葉のキャッチボールをしてくれないか。

 私は何も理不尽なことを言っているわけじゃないだろう。あんたが人を傷つけたことを謝ってくれと言っているだけだ。

 これは人間として生まれたら当然のこと。いくら特別クラス生でも、普通クラスの生徒を虐げていい権利なんてないんだ。少なくとも私はそう思っている!

 

 ……なのだが、戌井は拳を握ってわなわな震えている。いくらなんでも短気すぎないか。

 

「うるせぇんだよ! 消えろ、俺の前から消えろ!!」


 ぐわっと空気の揺れを感じた。戌井の周りの空気…エネルギーが一箇所に集中しているような……

 私はぎくりと体をこわばらせる。顔を怒りに歪めている戌井の瞳が赤く光り輝いたように見えたからだ。


 バシュン…ッ!!

「…?」

「……」


 その音に私はぽかんとする。大きな容器に充満していた気体がなにかの拍子に抜けたような音だ。

 結構大きな音だった。花火ほどとは言わないけど、何かが弾けたような音だったのだが、先程までのエネルギーの圧縮された空気は消えてなくなり、私達の周りには静寂が渡った。


「……お前、何した?」

「いやこっちのセリフだわ」


 あんたがなにかやらかそうとしたんでしょうが。人のせいにするんじゃないよ。

 先程までイライラとしていた戌井の傷だらけの野良犬の雰囲気が保護犬に変わった。なにが起きたのかわかっておらずオロオロしているのだ。

 私もよくわからん。なんだったの。

 

「今の音は……大武さん!? それに駆…! 一体何があったの!?」


 そこに現れたのはノートの山を抱えた日色君だ。学級委員の仕事であろうか。毎日忙しそうである。


「ちょっとこいつに謝罪を求めていたところで…」

「えぇ!?」


 彼は血相を変えて私と戌井の顔を見比べている。狼狽している日色君、レアである。


「大武さん…駆の能力は特殊だといったじゃないか…」


 嘆くように日色君が言った。

 なんだか私が悪いことをして注意されているようである。だが、ここは私の言い分も聞いてくれ。私は被害者なのだよ!

 

「だって腹の虫がおさまらないのだもの!」

「ピッ!」

「イテッ」


 どこからか空中散歩中のピッピが飛んできて、戌井の頭に足の爪を突き立てていた。その地味な痛みに戌井が声を漏らしている。ざまぁみろ。


「こら、やめないか」


 日色君がノートの束片手にピッピを捕まえようとするが、ピッピはピョンピョン跳ねてその手から逃れる。

 ピッピにおちょくられている日色君が可愛くて私は笑った。


「日色君、ピッピはこうして捕まえるんだよ」

 

 私がそっとピッピの体を片手で捕まえると、日色君の空いた手を取ってその手に乗せ、優しく握らせた。


「優しくね」


 ピッピは突き足りないようで日色君の手の中で不満を訴えているが、私が指の腹で頭を撫でてあげると次第におとなしくなっていった。

 

「可愛いでしょ。たまに生意気だけど、甘えっ子なんだよ」

「うん…」


 日色君はピッピの可愛さにノックアウトしたようで、頬がうっすら赤らんでいた。


「大武さん……お互いのためだ。駆だって人を傷つけたいと思っていないんだよ。あまり彼を刺激しないでやってくれないか?」


 私からそっと目をそらした彼は懇願するように言ってきた。

 私は戌井をよく知らないし、日色君とも出会ったばかりですべてを知っているわけじゃないけど、少なくとも同じ特別クラスの生徒と言うことでお互いを理解しているのだろうか……

 それを置いてもだ。


「そんな事言われてもなぁ。今さっき何も起きなかったよ? 戌井の目が赤く光ったと思ったらその後はなにも」


 歩く圧力鍋とは言っていたけど、気が抜けた音を立ててそれだけだったし。


「…大武さん、君の能力はPKバリアーでしょ? それで駆の能力を制御したんだよ。…だけどそれはまぐれ。今の君は能力をコントロールできないでしょ?」


 言い聞かせるように諭されてしまった。

 なるほど、私はまたもや無意識にバリアー能力を行使していたのか。前回もそうだったけど…


「私すごい! 向かう所敵なしじゃないか!」

「大武さん」


 日色君の声がちょっと怖くなったので、調子に乗るのはそこで止めておいた。

 君にそんな顔は似合わないよ。笑顔笑顔。

 ニコッと笑顔を向けてみると、目が笑っていない日色君に「わかった?」と問いかけられた。

 あらやだよ、日色君おこじゃないの。


「わかったわかった! なるべく気をつけるよ!」

「なるべくじゃなくて絶対に気をつけて? …僕は2人に意地悪をしているんじゃなくて、君たちのことを心配して言ってるんだよ?」


 そう言うと彼はぼーっとしている戌井に視線を向けた。日色君は難しい顔をしているが、その目は心配に揺れていた。


「駆も。能力暴発が怖いのはわかるけど、それなら口の聞き方を直さなきゃ、相手との衝突は避けられないよ。今回は大武さんの能力のお陰で何もなかったけど……」

「…うるせぇよ…チッ」

 

 戌井は苦虫を噛み潰したような顔をして、舌打ちをした。日色君はそんな彼にため息を吐きつつも慣れた様子である。

 そんな態度だとそのうち日色君にも見放されるぞと言ってやりたいけど、情緒不安定な奴らしいので、お口にチャックしておく。



「隆ちゃんっ!」


 目の前を黒い影が横切って、日色君に抱きついた。黒い影の正体は中等部の女子制服の紺色が黒に見えただけのようだ。

 小柄な女の子に抱きつかれた日色君は目を白黒させていた。


「め、めぐみ…? どうしてここに…?」


 その子は日色君の幼馴染兼妹分の女の子であった。日色君には輝かんばかりの笑顔を向けていた彼女は、未だ前の高校の制服姿の私を疑うような眼差しで睨みつけたその後、戌井を見てすごい形相に変わった。


「隆ちゃん! この人に近寄らないほうがいいわ!」


 ヒステリックに叫ばれた言葉に私は目を丸くして固まる。


「こら、めぐみ!」

「だって隆ちゃん、私がどんな目にあったか覚えてるでしょ!? 私この人に怪我させられたのよ! やっと怪我が治ったのに…」

「それはめぐみが駆を怒らせるような真似をするから…」

「ひどい! 隆ちゃんは私が悪いって言いたいの!?」


 何やら修羅場が始まった。

 戌井は沈黙し、苦々しい表情で棒立ちしている。私も黙って静観していた。…これって小鳥遊さんが言っていた件かな。戌井が反省房に入れられていたのは、中等部の子を怪我させたって…だけどそれは相手にも非があると思うって言っていたよね。日色君の幼馴染のことだったんだね。


「やめないか…前にも言っただろう。何度も同じことを説教させないでくれ」


 日色君が嗜めると、めぐみちゃんは泣きそうに顔を歪めた。


「だって隆ちゃんがこの人の面倒ばかり見て、私に会いにきてくれないから悪いのよ!」

「忙しいんだよ…僕にだって僕の生活があるんだ。駆は大事なクラスメイト。めぐみの面倒ばかり見ていられないよ…めぐみはもうお姉さんだろ? いつまでも僕に甘えるんじゃない」

「なんでそんな事言うの!?」


 日色君の言ってることは妹を優しく叱る兄のようにも聞こえるが、傍から見たら仕事に忙しくしている彼氏に彼女がわがままを言っている図である。

 修羅場っぽいので、完全なる部外者の私は戌井の背中を押してその場から逃げた。戌井もそれには何も反抗せず大人しく私の指示に従っていた。


「じゃ、そういうことで」

 

 修羅場から離れた私達は適当な場所で解散することにした。別に戌井と一緒に1年のある階に向かうほど仲良くないしね。

 私が適当に挨拶して、その場から立ち去ろうとすると、背後でボソリと奴が呟く声が聞こえた。


「…悪かったな」


 遅い。ぶっちゃけ遅い。もっと早く言ってくれたら良かったのにとは思うけど、素直に謝ろうとする所は評価してやってもいい。


「わかりゃーいいんだよ! わかりゃー!」


 私が振り返って腕をぶんぶん振ると、戌井はビクッとしていたが、ぎこちない仕草で手を振り返していたのが印象的であった。

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