第14話 いいところまで行っているけど、詰めが甘いと思うんだ。


「藤ちゃん」

「沙羅ちゃん、どうしたの!?」


 謎の腹痛に襲われた翌日、体調もすっかり良くなった私が登校すると、高等部の下駄箱前に中等部生の沙羅ちゃんの姿があった。

 その容姿だけでなく、巫女姫という二つ名のせいで注目を浴びている彼女は私の姿を確認すると、小走りで駆け寄ってきた。


「昨日体調崩して休みだったって聞いて…」

「あ、そうだ連絡できなくてごめんね!」

「うぅん、藤ちゃんのルームメイトさんがわざわざ伝えに来てくれたからそれは大丈夫」


 そうなんだ。小鳥遊さんにはお世話になりっぱなしだな。

 いやーしかし電話もメールも使えないこの状況では色々不便だなと今になって実感してるわ。


「それでこれ…」

「なぁに?」


 沙羅ちゃんがおずおずと差し出してきたのはラッピングバッグだ。私がそれを受け取って中身を確認すると、その中には小さな袋が入っていた。


「…初めて作ったから口に合うかわからないけど…クッキー焼いたの…」

「えっ!? クッキー作ってくれたの!? ありがとう!」


 なんて優しい子なんだ! 食べるのもったいないなぁ! 私は笑顔でお礼を伝えた。すると沙羅ちゃんは安心した様子で笑っていた。

 お昼休みにいつもの場所で、と約束をして別れ、私は教室に入った。

 するといつものように集中する視線。だけどその視線はいつもの警戒じゃなく、何かを探るような視線だ。ここ最近こんな視線をよく投げかけられるな。


 誰かから声を掛けられるわけじゃないので、私はスルーして自分の席に行く。うん、今日は何も置かれていないな。

 私の頭に常駐していたピッピが机の上に降りてきて、沙羅ちゃんが作ってくれたクッキーの入った袋をくちばしで突いていたので仕方なく開封してあげると、そこにはシンプルなクッキーが入っていた。ナッツが入っているようで、ピッピはこれに反応した模様。

 

「ピッ!」


 早くよこせと急かすピッピ。野良のくせにもうすっかりうちの子になってしまったインコである。生意気なところも可愛いのう。

 …だけど駄目だ。これは油分が多いからあげられない。

 ピッピを片手で優しく握って拘束すると、クッキーを一枚拾い上げて口に入れた。少し焼きすぎて硬い気もしたけど、優しい味がして美味しい。一口分飲み込んだら体の奥底から元気が湧いてきた気がした。


「ピッ!」

「イッタ! ナッツは太るから駄目! これは人間用の食べ物なの!」


 おすそ分けしてくれないのが不満だと訴えるピッピが私の指を突いてきた。だけど駄目なもんは駄目だ。

 

 その後ご機嫌斜めになったピッピが授業を受ける私の髪を強めに毛づくろいしてきた。

 私はピッピの体の為を思って言っているのにこの想いは一方通行らしい。



■□■



 あれだけ起きていた不可解な嫌がらせがパッタリ無くなった。それが不気味に思えたが、平和なのが一番である。

 んーまぁ、気になることはまだまだたくさんあるけどね。先生たちは忘れなさいと言うが、あんなインパクトのあるものを送りつけられたら脳裏に焼き付いて離れませんわ。


 あれはどう見ても呪いだ。誰かが私を恨んで呪っている。

 転入した私を疎んで出て行けと圧力をかけているのか、ここにきて一度も能力が出せていない私を仲間と認められないから消してやりたいと思っているのか……

 それとも、沙羅ちゃんと親しくする私を羨んでいるのか。


 小鳥遊さんも先生も呪いの超能力について教えてくれなかった。尋ねても流されてしまうのだ。

 だが、ここの学校では何でもありなんだと思う。サイコキネシスやテレパスがあるなら、人を呪い殺す能力を持っている生徒がいてもおかしくない。…そういう危険能力を持つ人はSクラスの生徒になるのだろうか?

 日色君にさり気なくそれとなく聞いたら教えてくれるであろうか……



「大武さん」


 考え事をしながら歩く私の前にある人が立ちふさがった。

 中等部の制服を着用した“彼女”は胸元で手を握りしめて、こちらを上目遣いで見上げて来たのだ。


「……沙羅、ちゃん?」

「……私にもう近づかないでほしいの」

「えっ?」


 彼女の言葉に私はぽかんとした。突然の別離の言葉に驚いたというかなんというか……


「よく考えたらあなたみたいな能無しとつるむ必要なんてないと思って……私、どうかしていたわ」


 しおしおと可憐で気弱な感じを演じているが、いくら私でもわかるぞ。


「ごめんけど…あんた誰?」

「…沙羅よ?」


 斜めに首を傾げてぶりっ子ポーズとってるけど、沙羅ちゃんはそんなあざといことしない。自然体が一番魅力的な子なんだ。


「沙羅ちゃんはそんな事言わないし、そんなあからさまなぶりっ子じゃない。そもそもそんな内股じゃない」


 普通に考えたら違和感だらけだよ。

 見た目は完全に沙羅ちゃんだけど、それは外見だけの話。中身は誰かが必死に似せようとしているけど、全然似せれてないんだ。


「それにね、彼女は私を“藤ちゃん”って呼ぶんだよ? 調査不足だったね?」


 私がそれを指摘すると、目の前の沙羅ちゃんは凶悪な顔で舌打ちした。顔だけは彼女に似ているからそんな顔しないでほしい。


「頭悪そうに見えたけど、勘は鋭いってことか」


 なんかものすごい失礼なこと言われた気がするが、私は目の前の沙羅ちゃんを装った人間が変化していく様を見せつけられて固まっていた。

 沙羅ちゃんだった顔が粘土のように崩れ、それが知らない男の顔になったからだ。私よりも小さかったはずのそれは、私の頭半分くらい背が高くなった。

 制服はそのままだけど。


「なんで女子制服着てるんだあんたは…」


 目の前では中等部の女子服であるセーラー服(スカート)姿の男が仁王立ちしていた。この男の超能力は……コピー人間だろうか…?

 如何せんその男は見たまんま男だった。濃いすね毛をこさえた足にスカートと言うあまり美しくない姿に私はドン引きしてしまった。

 世の中に女装趣味という嗜好があるのは知っている。だけどそれならそれらしく綺麗にしてほしいと言うか…


「しくじったわね!」

「うるさいぞ!」

「喧嘩するなお前ら!」 

「仕留め損なったお前に言われたくない!」


 どこからかワチャワチャと現れた彼らは高等部と中等部の生徒たちだった。学年も、クラスも異なる彼らは一体……

 

「私達は巫女姫親衛隊!」

「大武藤! お前みたいな能無しが巫女姫様に近寄ろうなんぞ、100年早い! 身の程を知れ!」

「巫女姫がどれだけ素晴らしい奇跡のお方なのか知らないようだから教えてあげるわ! 彼女はどんな病や怪我も治す、奇跡の力を持つ特別な人なの!」


 いや、知ってるけど。

 私は彼らの勢いに負けて閉口していた。

 濃いなぁ……濃すぎない?

 巫女姫親衛隊って何よ。今までその欠片すら見当たりませんでしたけど。

 彼らは口々に沙羅ちゃんのすばらしさを語っているが、そのどれも能力に関すること、その能力でどれだけ功績をあげてきたかってことだけ。

 誰一人として彼女の本質に触れなかった。

 それはまるで、能力しか見ていないかのような口ぶりであった。


 どんなに熱く語られても、私は微妙な心境にしかならなかった。

 親衛隊っていわゆるファンでしょ? 沙羅ちゃんのことをよく知っていてもおかしくないのに、そんな上辺だけで……彼女の気持ちを理解しようとしてない。……彼らは沙羅ちゃんを本当の意味で知ろうとしていないじゃないか。


「ちょっとまって? それって彼女のイメージを勝手に作り上げて勝手に神聖化してるだけじゃない」


 陰から見守っていたと言うなら、彼女の憂いの表情を見たことくらいあるだろう。彼女が孤独を耐えていたのを見てきたはずなのに……

 なに、生き神様みたいに祭り上げてんの? 頭おかしいんじゃない?


「どんなにすごい能力を持っていたとしても、沙羅ちゃんは生きた人間だよ。笑ったりはしゃいだり、時には泣いたり怒ったりする血の通った人間なんだよ。それを理解した上で彼女を神様みたいに崇めてるの?」

「うるさい! お前みたいな余所者、欠格者になにがわかる!」


 私の訴えは相手には届かなかったみたいだ。

 だけどこちらとしても黙っていられなかった。

 確証はないけど、恐らく嫌がらせの犯人は彼らだ。もしかすれば、他にも私をよく思ってない人間がいるかもしれないが、それは置いておいてだ。


「沙羅ちゃんが笑った顔がどれだけ可愛いか知ってる? 沙羅ちゃんは鳥が好きなんだって。自由に羽ばたけるから」


 沙羅ちゃんは自分が籠の鳥のように感じていて、外の世界から自由を求めて飛んできたピッピをとても羨んでいた。

 この研究都市に繋がれた沙羅ちゃんは外の世界を知らない。早く成人して外を見てみたいと話してくれた。


「昨日なんて私のためにクッキー焼いてくれたんだよ! すっごい美味しかった!」


 ひとくち食べたら止まらなくてあっという間に完食しちゃったよ! とても美味しかった! あれから妙に体調がいいんだけど、沙羅ちゃんの愛情が効いてるのかな!


「沙羅ちゃんは可愛い小物が好きで、私があげた髪飾りを毎日つけてくれてるの。ちょっと気弱で優しい普通の女の子なんだよ!」


 神格化して崇めるのはいいけど、それを周りや本人に強制させようとするな!

あんた達に交友関係を制限されるいわれはないし、沙羅ちゃんはお人形じゃないんだ!


「あんたらにどれだけ圧力かけられても、沙羅ちゃんとの交流は変わらない。仲良くしたい人は自分で決める!」


 これは私の意志だ。

 私は沙羅ちゃんと仲良くしたい。ただそれだけのこと。

 周りからどんなに無能と言われても知ったことか!!


「言わせておけば…っ!」


 私が反抗したことにピキッと来たらしい親衛隊の一人が手のひらに水の玉を作り出した。それはどんどん大きくなり、バスケットボールくらいの大きさに変化した。

 ──水を操る超能力者か…!


 相手はニヤリと意地悪な笑みを浮かべると、まるでドッジボールをするかのように、こちらへと投げてきた。


 バシャーンってかかるタイプ!? それとも対象物の周りにまとわり付いて離れないタイプ!?

 その水の玉がどういう変化を起こすのかわからず、私は両腕で顔の前を庇った。目をぎゅっとつぶって水の衝撃に備える。


 直後バシャンッ! と勢いよく水が弾け飛び、その水が地面に滴り落ちたのである。

  

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