三節 「最期のお願い」
「お願いがあります」
私がキセキを起こし子どもを助けたとき、そんな声が聞こえてきた。
とても透き通ったきれいな声だった。
辺りを見渡してみたけど、誰もいない。
「今あなたの心に話しかけています」とその声はそっと話しかけてきた。
「何ですか」
私はそんなに驚かなかった。
キセキが誰でも起こせる世の中だ。
心に話しかけることも、キセキでできる気がしたから。
「私はもうすぐ死にます。でも、心残りのことがありますあなたにそれをどうしても託したいんです」
緊迫した状況なんだと言うことはわかった。
でも、声の主に聞き覚えがない。
後に真相を知るのだけど、このときはまだ私のせいで彼女が死んだことをわかっていない。
彼女はきっとすでにキセキの誤作動のことを知っていたと思う。
それのに、彼女から私に対する憎しみのようなものは微塵も感じなかったことを覚えている。
「死ぬ前のお願いなら、まず話は聞きますよ」
私は不思議な気持ちはありつつも、話を聞いてみようと思った。
これも何かの巡り合わせなのかもしれない。
「ありがとう。私は雛野 彩と言います。最近プロポーズしてくれた人がいます」
「それはおめでとうございます。でも……」
私はそのあとなんと言葉をかけていいかわからなかった。
言葉なんかいつも役に立たないことばかりだ。
「あはは、そんな顔しないでください。私は大丈夫ですよ。ところで、お願いと言うのは、二つあります。一つ目は、ある人のそばにいてあげてほしいことです。二つ目は、そのある人に私がもう一度会いたいことです」
しゃべり方から上品さを感じた。そして、とても聞きやすい声だ。
「なんでそばにいてほしいんですか」
私は一つ一つ理由を聞いていくことにした。
誰かのそばに赤の他人がいる理由はなんだろうか。
「ある人、あっ、その人の名前は桜庭 誠と言います。誠はとても優しくて責任感が強いんです。でも心がとても弱いんです。きっと私が死んだ後、自分を責めて一人では生きていけないと思きます」
その時に彼の特徴も教えてくれた。
不幸とは突然訪れ、その人を孤独に追いやっていく。
理解したとしても、感情は正直なのだ。
でもそれは、誰しも陥ることではないだろうか。
「彼は特別なんです。だから、心が弱いんです。
溢れる優しさと反比例して、すごく繊細で傷つきやすいんです」
彼女は私の気持ちを読み取ったように、話を続けた。
今思えば、彼女は彼が人間ではないことに気づいていたのかもしれない。
「その人がいい人なのはわかりましたが、私がその人と合わないかもしれませんよ」
「それは、出会ってみて判断してくれていいです。
あなたがそばにいたいと思える人ならそばにいてあげてほしいです。それでいいです」
彼女から身勝手さも嫌な雰囲気もしなかった。
むしろ寛大さがまみえた。
「でも二つ目は、さすがに難しくないですか」
「そうでもないかもしれません。あなたはキセキランキング1位ですよね。もしかしたら何かできるかもしれません。どうしても直接彼に伝えたいことがあるんです」
彼女の人柄のよさが伝わってきた。
だって自分が死ぬと言うときに、自分のことではなく他人のことを思うことができるのだから。
彼女に好感を持てた。
純粋さに心惹かれた。
声しか聞いていないのに、この短時間でそう思わせる彼女はすごいと思う。
「わかりました。やってみます」
こんな彼女だから頼みごと聞いた。
いくら死ぬ前のお願いだったとして他の人ではこうはならなかったと思う。
私はそこまで優しくはない。
「本当にありがとうございます。いきなり無茶なお願いをしてしまってすみません。どうかよろしくお願いします。無理はしなくていいですからね」
私はそれから彼女の願いを叶えることを目的して行動してきた。
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