幕間6話 おっぱいに負ける奴は人生に負ける

「……私気になるんやけどさぁ」

「どうした初音っち」

「人前じゃなくてもあそこまでウブって、最早お前ら本当に付き合っとんのかってレベルやな」


 一方その頃、菜々緒と初音は思いっきり関係がバレていた二人を見ていた。

 キッチンで二人が近づくと、結夢が恥ずかしがって離れて、礼人もまんざらではない様子で少しだけ距離を置く。

 しかし一分もすれば二人は料理しながら近づいて、それの繰り返しだ。

 

「結夢ちゃんどころか柊先生もありゃー、中学生の恋愛やわ」

「もうそれを通り越して小学生でしょ」


 そこで礼人がこちらに目を向けた。

 警戒の怠っていなかった菜々緒と初音は器用に勉強しているフリに戻る。

 

「うーん、あそこまであれだと、ちょっかいかけたい超えて見守りたいも超えてちょっかい掛けたくなるわぁ」

「一回転してるじゃん……でもいいね。初音っちの女子高生離れした母性の塊が役に立つ時」

「やめてや。この胸、私にとってはコンプレックスなんやで?」


 クラスで一番豊満にして、確実な柔らかさを誇る初音。

 ブレザーをしていようともその膨らみは全く隠しきれておらず、上下の振動も服に伝わる程のボリューム。

 ちなみに入学時の健康診断では、その領域はFカップにまで達していた。


「それにびっちでえっちな事したくないわ。私かて彼氏まだまだ見通し立たずなんやで? これはあれか? 私が結夢ちゃんのライバル的な流れになってまうパターンか?」

「大丈夫大丈夫、妹である私が許可する。今回例えおっぱいをあてようとも、初音っちの清純は保たれることを私が保証しよう」

「そんなら合点承知やぁ」


 初音が敬礼するように、左手を頭にやった。

 こうして悪だくみの末、紳士協定ならぬ淑女協定を結んだ二人は、遂に作戦を決行した。

 

 

 甘やかされる食事をとりながらも、勉強は進んだ。


「じゃあ二次関数の考え方を用いた、最小最大値の求め方について復習してみようか……」


 三人も生徒がいて、今回は自分の課題が無い事もあって、完全に教師モードになっていた礼人。

 一方隣で教わっていた結夢は、菜々緒や初音の指摘通り恋人同士になれたのかどうかすらも疑わしいレベルで顔が紅葉並みに染まっていた。しかし回っていない思考なりに、話は聞けている様子で、ペンは動いている(結夢のプライベートゾーンを把握している礼人がソーシャルディスタンスを保っているとも言うが)。

 

 そんな礼人の横へ。

 菜々緒が見守る中、初音がそっと礼人の隣に座った。

 

「柊先生? ここ、ちょっと分からへん所あるんやけど」

「ん? どこだ?」

「ここや、ここ……」


 そういいながら。

 明らかに結夢よりも体を寄せ。

 机の上にぷにん、と乗った二つのプリンが、自身の体重で横に体積を広げ。

 

 結果。

 横にいた礼人に狙い通り、接触した。

 

 

「関係代名詞が難しい所だな。そうなると――」


 ごく自然に距離を取り、何事も無かったかのように講義を開始していた。

 別段異性に胸を揉ませたことは無いが、さりとて初音とて『おっぱい』が男子にとって如何なるものなのかは把握している。

 しかし自分の予想と裏腹に、そっと距離を取りしかもテンポを落とさず英語の授業を繰り広げていた。

 

 だが効果が無かったわけではない。

 明らかに初音の巨乳に触れた感覚とせめぎ合っている様子だ。

 しかしそれも途端に頭から消し、先生としての使命を全うしようとしていた。

 

(こ、この先生……出来るっ……『おっぱいに負ける奴は人生に負ける』って分かっとる……生徒に欲から手を出す先生はおるけれど、この先生だけはそういう犯罪者的欲に負けへんって分かるわ……結夢ちゃんの事、自身の欲からじゃなくて、相手への愛から愛しとんのな)

 

 初音に生まれたのは、最早尊敬。

 素直に敗北宣言をしようとした、その時だった。

 

(初音っち! 結夢ちゃん、結夢ちゃん)

(ん?)


 初音が菜々緒のアイコンタクトに気付き、結夢に目を向ける直前。

 からん、という音がした。

 結夢がペンを落としていた。

 

 結夢は『おっぱいに負けて』いた。

 『おっぱいで、負けて』いた。


 結果。

 まるで遠くに行ってしまう礼人の背中を見つめていたように、寂しそうなチワワのような目をしていた。

 

「……」

「……」


 そのつぶらな瞳は、菜々緒と初音の心臓に深々と罪悪感として突き刺さったという。

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