第66話 天使な生徒は、『慣れない』
「兄ちゃん! 助けて!」
「どうした、妹よ」
六月に入り、夕食を食べた後の事。
菜々緒がいつも通りうるさかった。
「兄ちゃんの塾講師としてのスキルを活かして、テストで満点取れるカンニングペーパーを作ってくれまいか」
「塾講師のスキル、悪用されてんじゃねーか」
「うちの高校、中間テストは赤点は補習なんだよぉ! 部活もできなければ自分の時間も取れなくなる!」
「今思えばいいシステムだ。そのまま教師たちにお前のぐーたら脳を改造してもらえるよう切に祈る」
「お願い! 体で払うから! うふん」
「それはツケが溜まりに溜まってるから寧ろという奴だ。さあ、皿を洗え」
「こいつ妹のエロに対して耐性があるのかっ!? というか勉強が差し迫ってる妹に肉体労働をさせる気か! 塾講師の風上にもおけやしない!」
「肉体労働しなくてもお前の場合はスマホにゲームに創作活動のニート祭りじゃねーか!」
という訳で、中間テストの時期がやってまいった。
大学生の俺らにとってはとうに縁遠い話になったが、生憎俺は塾講師。
中学生、高校生共に内申点に響く負けられない戦いが多分そこにはある。
「先生なら私のやる気スイッチ探してよぉ」
「お前のやる気スイッチは友達が持っている。ニートな割に沢山いるらしき友達に押してもらいなさい」
テーブルで不貞腐れていた菜々緒がぴこん、と何かひらめいたように顔を起こした。
大きな物音に驚く犬かお前は。
「……お兄ちゃん、結夢ちゃんにまた来てほしいよね」
「へっ?」
「塾講師と生徒という運命的な出会いをして、距離が近づきつつあるお兄ちゃんとしては……」
「待て待て待て、なんだその俺と結夢が好きあってるみたいな言い方は」
「別に私そんな言い方してないもーん、うわー、自意識過剰、果たして本当に付き合って」
「大丈夫、オールグリーン、そんな事実は、事実無根」
こいつ……まさか俺と結夢の関係、気づいてんじゃねえだろうな。
変な所で頭が回るというか、悪知恵が働くというか……。
「――という訳で呼んでみた。やる気スイッチ。誰のとは言わんが」
勿論翌日の事だけれど。
高校から帰ってきたと思ったら、結夢を家に連れ込みやがったよ、この妹!
「れ、礼人、さん……こんばんわ……」
俺を見るなり、顔を染める結夢。
「お、おう……結夢」
俺は頑張って結夢から目を逸らしながら、一緒に入ってきたもう一人の生徒に目を移した。
「
「わぁ、先生の私服姿もめっちゃ良きやんなぁ」
こっちもこっちでまずい!
三週間前に入塾した結夢と菜々緒のクラスメイトだ。
彼女たちが中学の時、菜々緒と木稲さんが所属していたバレーボール部の応援をした時からの知り合いだ。
木稲さんとも不思議なことに先生と生徒の関係になっている。
いやそうじゃない。
この妹は一体、何てことをしてくれてるんだろうか。
「菜々緒ーちょっと」
笛を吹く様にして、菜々緒を呼び寄せて事情聴取。
「だからアポなしでウチの家に連れ込むのは止めてくんないかなぁ……」
「えっ……あ、アポなしだったんですか……!」
俺達の会話が聞こえた結夢が、菜々緒に詰め寄る。
「ななちゃん、どういう事……!」
「うわっ、結夢ちゃん怒ってる……!」
「報連相は大事って言いました……よね……!」
「あ、はい、すみませんでした」
相変わらず結夢は、怒ると菜々緒すらも圧倒する。
意外とこの二人の力関係、見誤っていたのかな。
「ちなみに、二人はいつもあんな感じか」
木稲さんに確認してみる。
敢えてここで『二人』とする事で俺と結夢が特別な関係に至らない様に見せている。
天才、俺!
「いつもは菜々緒んが引っ張ってなー、結夢ちゃんがブレーキ役なんやけどなぁ。ここまで結夢ちゃんが憤慨するんは珍しいで?」
ぐあっ。それだと俺が特別枠みたいに見えるだろっ! 木稲さんも何だかそんな気配を匂わせる目線してくるし!
結夢には自重してほしかったが、ひとまず収拾を着ける方向に傾ける事にした。
「はい、もう来ちまった物は仕方ない。ご飯食べて、差し迫った中間テストに備えて楽しく勉強会をするんだ」
4月の俺なら何とか追い返していたのかもしれないが、6月の俺は歓迎してしまっている辺り、どうやら俺も緩くなったらしい。
いかんいかん。勿論先生として、警戒するべきところはしなければ。
俺は三人を今まで案内して、四人分のご飯に頭を切り替える事にした。
「あ、あの……手伝います」
「いや。せっかく勉強会に来たんだから三人で勉強するんだ」
「はい……一緒にご飯を作ってから」
押しが強い。
結局桜色の顔に照れて染めている、結夢のありがたみを受けながら料理を作るのだった。
「あっ、はわっ……ひゃっ……」
ちなみに結夢の生態について、最近分かったことが一つある。
――二週間前にキスまで行ったにも関わらず、この二週間で手と手が偶然触れるだけで半分意識が持っていかれる程、『慣れ』が消失している事だった。
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