第60話 「その手を離さないで。逸れたくないから」~江ノ島から七里ヶ浜②~

『七里ヶ浜~七里ヶ浜~お出口は左側です~』


 降りる駅が来た。

 しかしドアは反対方向。人間の集団の壁を越えていかなければならない。

 しかしここで降りる人も多少いるせいで、また激流が出来た。

 それに乗って行こうとしたところ。

 

「結夢?」

「あっ……」


 結夢とはぐれそうになった。

 人の間に消えていく結夢。下手すれば迷子になる。

 正直それは杞憂だろう。もう結夢だって幼い頃の泣いてばかりだった結夢じゃない。

 俺を励まし、見知らぬ子供を泣き止ませるだけに強くなった子だ。

 降りればすぐ合流できるはずだ。

 

 でも、そんな事を知っていても。

 離れ離れになって、一瞬でも俺からいなくなるのは嫌だった。

 

 だからだろうか。

 思わず、結夢の手を掴んだのは。

 

「……」


 結局、降りるまでその小さな掌を離すことは無かった。

 握りしめると硝子の様に割れてしまいそうな、そんな儚い小さい五本の指に、俺の指が絡まっていた。

 

「……」

「……」


 おお、結夢がゆでだこの様になってしまっているな。

 今までも緊急事態の時、手を繋いだ経験はあるけれど、完全に結夢としては『恋人つなぎ』と認識してしまったようだ。

 ピクニックの丘を登る時のような建前も無い、完全な恋人と繋ぐ恋人つなぎだった。

 

 だがこのまま繋ぎ続けると、結夢には毒だ。

 俺と近づくだけで、少し前まで気絶する子だった結夢には刺激が強すぎる。

 

 だから俺はそっと、その手を離そうとして。

 

「だめ……!」

「……!」


 結夢に、逆に握り返された。

 解けない、握り方だった。


「はじめて、だから」


 結夢は俺の顔を見る事さえも恥ずかしいと思っているように目を強く瞑って。

 祈る様に、俺の手を両手で包みながら続けた。

 

「はじめて、だから……恋人として、こうやって、つ、つ、つないだのって……もう少し、このままで、いさせて……」

「……分かった」


 俺も少しだけ、解けない様に強く握り返した。

 まだ人ごみは続いている。狭いホームだ。

 

「なら、離すなよ……逸れたくないから」

「うん……」


 周りからどんな目線を送られているかなんて、もう気にする余裕はなかった。

 ただその手が離れない様に、改札まで向かっていく事だけを気に掛けた。

 

 駅から出た後も。

 俺達は一目から逃げる様に、早く二人きりの世界になりたくて、自然と誰もいない方向に歩いて行った。


 不思議なことに、海岸の方には人がいなかったので、そっちのほうに歩いて行った。

 俳優の撮影は、ここから内陸側に向けての道にあるみたいだ。

 

 そんな事よりも。

 気付けば俺達は、二人きりになってもその手を離すことは無かった。


「……」

「……」


 また、沈黙の時間が始まった。

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