第53話 天使ちゃんだって嫉妬するし、そしてリードしてく~江ノ島駅①~
踏切の閉じている時によくある警告音を耳にしながら、俺達は江ノ島駅の改札を潜った。
こじんまりとした、三角形の屋根がついた改札を後にした俺らは、暫く江ノ島へ続く細道を歩き、途中にあるパンケーキが美味しい店に着いた。
休日は並ぶほどに混んでいるらしいが、今は平日。
直ぐにすんなりと座れた(今度は俺が奥に座った)。
「お、おおおおお……ま、まよう……」
流石の結夢も女子なのか、甘いスイーツには目が無い。
冊子に並んだ色とりどりのメニューに心を奪われる結夢がそこにはいた。
眼に流れ星が沢山流れている。
「むむむむ……しかしカスタードクリームも捨てがたい……捨てがたいです……」
それにしても、この椅子と机、座高が高い。
背の低い結夢の脚は、必然的に宙でぶらぶらしている。
ロングスカートに囲われた二つの輪郭が、結夢の感情と合わせて躍動している。
……いかん。
俺の頭が、下着だけになった二つの平行線を記憶から拾ってしまった。
「あ、あの、私の、あ、脚に何か……?」
「……ん、ん、なんでもない」
結夢もそりゃ聞くほどだから、俺の顔もおかしくなっていたんだろう。
「あの、これ、これとか、よ、良くないですか……! く、くりーむ、も、美味しそうです……! ストロベリー、ホイップクリームのパンケーキ……!」
四枚のパンケーキを花弁にして、その皿の中心にホイップクリームがこれでもかって位に乗っていた。イチゴやバナナというフルーツと一緒に相乗りしていた。
家じゃ甘い物はあまり食べないからな。某ニート妹が独り占めするから。
大学のメンツも絵美は体系維持のために心配になるくらいに食べないし、藤太は肉しか食べないし、実は大学生の癖にスイーツに疎いのは弱点だと思ってる。
しかし、あっ、と結夢が何かに気付いたかのように、眼が泳ぐ。
「あ、あの、でも、これ食べたら、きっとか、か、カロリーがとんでもない事になるので、明日は、断食します……それでも食べる価値がこの白くてふわふわしたクリームとベージュでふわふわした、えっとえ、えっと……」
「君も絵美パターンか!?」
「え、絵美……た、立花先生の事ですか?」
いかん。デート中に別の女の事を話すのはNGだよな。
しかし結夢、意外とそういうデートのタブーはどうでもいいとか思って――。
「……た、立花先生……スタイルすごい、いいし……礼人さんと、いつも先生エリアで話してるし……礼人さんも、ああいう体いいと思うのかな……」
驕っててすいませんでした!
思いっきり心の声が駄々洩れだった。メニューを持ちながら暗くなってしまった顔が、太陽の様に沈んでいく……。
やばい、やばい、タブー踏んだ! 地雷を踏んだ!
こんな結夢の顔、最早初めてレベルだ!
寄りにもよって初デートでやらかすとは何やってんだ柊礼人!
……素直に謝ろう。
「ごめんなさい」
「ど、ど、どうして……」
「結夢を不快な気分にさせたのは間違いないだろうから」
「……ふ、ふ、不快な気分になんて、なってませんよぉ……」
と言いながら、二回瞬き。
よし、充分絵美に嫉妬しているみたいだ。
「で、でも、礼人さん、そういう時……ごまかすんじゃなくて、謝るんですね……」
「変か?」
「私が言うのもなんですけど、あの、失礼ながら、か、可愛いですね、って思ってしまって……」
可愛いか。
何か男扱いされていないみたいで、一瞬不服ではあったが……でもちょっと嬉しかったのも本音だ。
「あ、あの、礼人さん。藤沢駅での、や、約束、覚えてますか?」
「なるべく謝らない。そして謝ったら引きずらない」
「そ、そうです……だから、こ、これっきり、です!」
……結夢の為に作ったルールだったのに、最初に救われたのが俺ですか。
いきなりごめんなさいの罠に掬われたのが俺ですか。
俺は深く頷いて、結夢がずっと持っていたメニューからストロベリー、ホイップクリームのパンケーキを指さした。
「これ、二人で食べるか」
「つ、つっつ、つまり、つつ、突っつき合い……」
何か結夢が想像し始めた。
昔は同じ皿から一緒に食べてたはずなのに、それすらも恥ずかしく思えてしまったらしい。
というかその想像して段々恥じらって緊張してるけど、君俺に『あーん』したからね。
つくづく優先度が分からない少女である。
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