第54話 ミシュラン最高品質の、間接キスの味~江ノ島駅②~
「う、うわあああああああ……うわあああああああああ……!」
思わず仰け反る結夢の反応の通り。
別に俺の座高よりも高いわけじゃないのに、見上げるという表現の方が正しい。
白を基調にした、カフェの名前が彫ってある皿。
その上に、写真で見るよりも膨らんでいたパンケーキが四つ。
外側に、イチゴやバナナの断面図が花畑の様に並んでいて。
富士山のようなホイップクリームの山が、それを埋め尽くしている。
「あ、あの、す、すご、すごいです……」
「……」
いや、確かにすごい。
スイーツって、ここまで立体的にできるんだな。
ラーメンより胃の中圧迫しそうだな……しかし色合いは間違いなく一級品だ。
世のグルメ通はきっとこれよりも星が着くスイーツ知ってるとか言ってくるんだけど、俺にとっては間違いなく三ツ星の料理だ。
「あ、あの、食べて、いい、ですか」
フォークとナイフ持ちながら、待ちきれない眼で見てくる。
いや、待てなんて言った覚えはないが。
忠犬か何かですかあなたは。
「じゃ、お先にどうぞ」
「い、いた、だきます……!」
パンケーキと果物とホイップクリームを美味い事絡めて、小さい桃色の唇を空けて、その中に入れたのだった。
「んんんんんんんんんんんん! んんんんんんんんんんんん!」
舌の上で甘さと旨味が転がっているのが分かる分かる。
物凄いパタつく脚。行ったり来たりするスニーカー。
頬が蕩け落ちるような美味しさが体全体で、何より表情で再現されている。
「んんんん! んんんん!」
「俺も食べろってか?」
パンケーキを手で差す結夢は、まだ口の中のスイーツを手放したくないようで、ボディランゲージだけで意思を伝えに来た。
「んん、んん!」
頷く結夢。
まあ、二人で食べるものだからな……でも結夢、多分一つだけ大事な事忘れてるような。
まあいいか。
結夢がやったように、ナイフで区切ったパンケーキと果物を上手く串刺しにして、クリームに絡めて食べて――。
「んんんんんんんんんん! んまいな……!」
なんじゃこれ!?
まるで雲を食べているかのようだ。パンケーキもクリームも、一瞬で蕩けやがった。
バナナのそこはかとない香りが混ざり合って溶け合って……とにかく上手い! 語彙消失もやむなしだ!
「……おい、しいです……」
ようやく飲み込めた結夢が、芯から発している様にそんな言葉を漏らすと、二口目を言った。
「いや、ここ凄いわ……あたりだわ……」
俺も二口目にありつく。
そこで結夢がじっと俺の方を見ていた。幸せそうな顔をしながら。
「……礼人さん、物凄い、ハムスターみたいな顔になってる」
「そういう結夢だって……」
「あの、礼人さん」
結夢はスマートフォンを取り出し、そのレンズを俺に向けた。
「た、た、た食べてる姿を、しゃ、写真で撮って、い、いいでしょうか……」
「どういう事?」
「あの……先生としての礼人さんが……許さないのであれば……」
この子は、本当にいつだって思いやってくれる。
口の中に集中したくてたまらない筈なのに。目の前のパンケーキに夢中でたまらない筈なのに。
勿論、今でも懸念が無いわけではない。
それでも、俺はもうその辺は『大丈夫な事』としてジャンル分けしている。
「もうアカウント交換している時点で、ある程度は許容してるよ。今日、一緒に何枚か撮ろうぜ」
「やった……!
結夢なら大丈夫だとか、そんな事を改めていう事はしない。
それは結夢に気負わせることになるだろうし、何より結夢の事は信頼しているから。
「じゃあ、失礼します」
「いやでも恥ずかしいって」
思わず手で覆うが手遅れ。
しっかりとパンケーキを口に含んだハムスターみたいな男が写っていた。
ちょっとだけ、意地悪そうな顔をしやがったよこの子。
「今日の一枚目です……」
「……そっすか」
「あっ、でもこれ……」
大体五口目辺りで、ようやく結夢が気付く。
「……こ、これ、そういえばつ、突っつきあいでした」
「……そうだな
「かか、関節、キス、じゃない、ですか……」
「よし結夢、しっかり自分を保つんだ、気絶しかかってるぞ!」
「……はい」
気絶こそは免れたものの、極上の甘美な味と記念撮影に隠れた事実に、桜の遅咲き状態になる結夢の顔。
「キス、キスキス、キス、キスしてしまった……」
「そりゃ……俺ら恋人なんだから」
「き、キスは……婚約の時まで……夢の中でするものだと」
嫋やかな事だ……大分待つな。
平成でも昭和ですらも時代遅れと言いそうな恋愛価値観だった。
俺、寝ている間に君のファーストキス奪ったの物凄い罪悪感に塗れてきたよ。
俺まで恥ずかしくなってきた。
というか、間接キスなんて大学じゃ結構同じ鍋を突っついたり、飲み物借りたりで当たり前なんだけどな。
改めて意識すると、何だか背徳感塗れているというか……。
「でも、その、予行演習だと、思えば、思えば……」
「よし結夢、深呼吸だ。すってー、はいてー」
そうして、結局二人でパンケーキを食べきって、直後の事だった。
「あの……クリーム……ついてます」
「えっ?」
お腹がいっぱいになって油断していたのか。
手で拭ったりしてみたけど、どうやら俺の口元に着いたホイップクリームはとれそうにない。
「と、取れてないです、ちょ、ちょっといいですか……?」
そういうと、結夢は席から降りて、俺の基に来ると。
ちょっと背伸びして。
物凄い心臓がどっくんどっくん動いているような顔で。
俺の口元のクリームを、指で拭ったのだった。
素敵な白いものが、結夢の指についていた。
「あの……とれました」
「あ、ああ……」
更に布巾で俺の口元を拭いて、結夢はその指に着いた雲のようなクリームを見つめる。
それも拭くのかと思ったら。
まるでちょうちょ結びを解く様に当たり前の動作で。
指ごと、ホイップクリームをぱくりと加えた。
「あ、あまい……です……」
「……そ、そうか」
「か、間接キス……いっぱい、しました、ね……」
見てるこっちが甘いよ……。
五つ星の料理並みに。
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