第48話 「奢ってもらうとか、ナシにしたいです」

 やはり二人でコースを決めてよかったと思う。

 今日の偶然の出会いが無ければ、お互いに勝手にコースを決めていた。

 

 もしかしたら、俺がエスコートをしなければと決めつけ過ぎていたのかもしれない。

 男としての意地に加え、先生としての使命感がここでも顔を出していたのかもしれない。

 ……先生としても彼女と向き合うというのは、俺が決めたことだから今更後ろを向くつもりなんてないけれど。

 

 俺が更にこれを実感したのは、喫茶店を出る時の支払い時だった。

 結夢が財布を出そうとしていた動作を見せていたので、俺は待ってをするように手を掲げてそれを制した。

 

「俺が払うよ」

「……いえ、あの、互いに支払う形で……」

「大丈夫だよ。このくらい……」


 俺が財布からお金を取り出そうとすると、今度は結夢がその手を掴んできた。

 本気で否定しているらしく、首を横にぶんぶんと振ってきた。


「私、普段、お金使わないので……お金、それなりに、ありますから……」

「……結夢」

「私の事、女性として扱ってくれるの……嬉しくて、嬉しいです……」


 真剣に、俺の顔を見上げて言ってくる。


「でも、おつきあいさせてもらえるなら、礼人さんとは、対等な存在で、いたい……です!」

「……対等な、存在」

「妹は、ななちゃんだから……! 私、ちょっと変わってるかもだけど、礼人さんの、こ、ここ、恋人、だから……!」

「待ってくれ結夢、待つんだ結夢……ちょっと周りを見渡そうか」

「……ふえ……」


 周りをよく見てみよう。

 そうだ。首だけじゃなく、体も動かして水平方向に一回転。

 すると俺も顔が熱くなっている理由が分かる。

 

 ブラックの珈琲を飲んでるお客さんが、砂糖水を噛み締めているような顔をしているだろう?

 ほら、あそこの店員さん俺達に釘付けで、珈琲にガムシロップどんだけ入れてるか理解していないだろう?

 会計待ちの女性店員さんなんか、今噴き出しそうな顔で俺達の事めっちゃ見てるだろう?

 

「あ、あ、あ、ああ、あ、あああ――」


 と、叫び声を上げられたら収集つかないので、さっさと二人分ぴったりのお金を置いて確認させると、すたこらさっさと店から出る事にした。

 

「ご、ごめんなさい……私と来たら……周りを見もせず……なんてことを……」

 

 本日二回目のクールダウンタイム。というか意気消沈タイム。滝に撃たれてるかのように頭を垂れている。

 結夢とのデート、こういう休憩時間が必要って事か……。

 

 しかし、ベンチに座って俯く結夢の顔には、決して恥の感情だけではないように思えた。

 これからの俺達の未来を、結夢の立場から真剣に考えているような表情だった。

 

 俺は、応えなきゃいけない。

 生徒の悩みを。

 恋人の考えを。


「ただ、意外と結夢も俺に気を使い過ぎてる感があるな」

「うっ……そ、そうです……よね……」


 多分、俺の何十倍も気を使い過ぎている気がする。

 生来の性格なんだろうけど。

 

「私も、き、き、気を付けます……もっと自然体で、でも新鮮な気持ちで礼人さんと向き合えるように……」

「……だけど、俺も先生と生徒の視点からだけじゃなくて、そういう方向から考えるべきだってのは、凄い伝わった」


 そう言うと、深く頷いた。


「…………私達は、先生と生徒だから、あまり公然に出来ないですけど……最後には、か、か、か、かぞく、かぞくになったら、と思うと……そんな、恋愛テクニックとかじゃなくて……互い、が、どうしたら、気持ちよくなれるかを、考えた方が、いいと思って……私はそう考えたら、男女だから奢る奢らないとか……そういうのは、なしにするルールにした方がいいと思います……!」

「……」


 本当に結夢は、俺よりも未来を見据えているなぁ。

 完全に結婚する気でいるよ。

 嬉しいけど。嬉しすぎるけど。


「……せめて、誕生日の時とかは奢らせてくれよ」

「私も……礼人さん、誕生日の時、頑張ります……!」


 俺は、思わずにこりと笑った。

 必死な結夢が可愛かったからというのもあるし、結夢と一緒ならどこまでも問題に対する答えが出るような気がしたからだ。

 

「……いっしょに、未来、かんがえていこ……?」

「ありがとうな。結夢」

「……うん。わたしの方こそ、いつも、ありがとうです……」


 良かった。

 江ノ島や、鎌倉に行く前に。

 こういった確認が出来たことは、俺達にとって凄い収穫だったと思う。

 

 まだ緊急事態ぐらいにしか手を繋ぐ事は出来ないし、少し隣に着たら赤く沸騰してしまう結夢だけれど。

 亀の如き歩みでも、俺達の向かう方向は多分間違っていないな、と認識出来た買い物だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る