第47話 デートの時間も楽しいけど、準備も愛おしかったりする

「お客様、二名でよろしかったですか?」

「はい……二名で」


 という店員とのやり取りでさえ、意外と緊張した。

 『二名』と口走るのが、こんなに恥ずかしいとは思わなかった。

 喫茶店には、確かに学生の姿は何人かいたが、塾の生徒も結夢の高校の生徒もいない。暫くは持ちそうだ。

 

 着いたのは奥がソファで、手前が椅子になっている

 一応事前知識(リソースは藤太)として仕入れた感じだと、この場合は女子である結夢を奥に座らせた方がいいんだよな。

 これを上座下座って言うんだっけ。ビジネスでも使えそうなんだよな。

 

「結夢、奥に――」

「礼人さん、どうぞ……」


 と、結夢が手で差したのは奥の座席だった。

 結夢に先制攻撃された。

 先生が、先制攻撃されてしまった。

 逆に気遣われてしまったよ。何となく結夢だからこの展開納得だけど。

 

「わ、私が椅子に座りますから……!」

「いや、結夢が座りなよ。ソファ気持ちよさそうだぞ」

「いえ。礼人さんが上座に座った方が、いいと思います……!」


 暫くそんな感じで譲り合って。

 何故か結夢はこういう時は押しが強いので、中々終わらなくて。

 周りからの目線がそろそろ痛くなった結果。

 

「二人でソファに座るか……」

「そ、そうですね……」


 四人席なので座る事は可能だった。

 それでも、こういう四人席では普通向かい合って座るものだから、やっぱり違和感があったし。

 何より……塾の机で隔てられた距離よりは、近くになってしまった訳で。


「は、あ、た、あ、ちか、近、ちか」

「よし、克服のチャンスだと思って頑張ろう」


 ぷるぷると小動物の様に震える結夢の顔がレッドゾーンになるのは目に見えていた。

 こういう面前だと、俺まで恥ずかしくなる。恥ずかしさが伝染してしまう。

 

「すいません、アイスコーヒー二つお願いいたします」

「畏まりました」


 来てくれた店員さんに注文を頼んでいると、店員さんは挙動不審の結夢をちらりと見る。

 

「……『妹さん』、大丈夫ですか」

「いもっ……!?」


 店員さんもそのつもりは無かったのだろうが、その勘違いは結夢の震えを少し戻していた。

 どうやら俺の妹と思われた事が、ショックだったらしく落ち込んでいる。おかげで恥じらいとかは消えたらしいので、冷静に戻ったともいえる点で言えば、店員さんにここは感謝すべきところだろう。

 

「ま、まあ……俺が老け顔なだけだから。ほら、場所決めようぜ」

「……はい」


 どうしても結夢と話を合わせるには、ガイドに書いてあるような堅っ苦しい内容じゃなくて、スマホで検索して出てくるマイルドな物の方が進むようだった。

 それにしても……。

 

「あの……! 江ノ島の、江島神社っていう所が合って……そ、そこで色々ゲン担ぎ、出来るみたいです……!」

「ゲン担ぎ……!?」

「『むすび絵馬』……『龍恋の鐘』とか、です!」

「ストレートに恋愛スポット来たな……大分ロマン重視するね」

「だ、だめでしょうか」

「いや……折角だし、行ってみよう」


 何か物凄い燃えている。

 先程の妹呼ばわりがショックだったみたいだ。


 それを差し引いても、結夢の中でも相当調べてくれていたみたいだ。

 想定しているプランがあったみたいで、行くところは結構すんなり決まった。

 行きたい所を示さずにこっちに任せられるよりも、ある程度要望がある方がこういうのは助かるもんだ。

 改めて思ったが、結夢は昼ごはんの時、『なんでもいい』って言うよりも、『中華がいい』とか答えてくれるタイプらしい。

 

 さっき、服屋で見つかってしまった時、結夢は恥ずかしいと言っていたし、俺も同意だったけど。

 やっぱり恋人がここまで燃えてくれているのは、相方としては嬉しいもんだな、と思った。

 

 しかし勉強の集中と違って、スマホの液晶に「むむむ……」とくぎ付けになり熱中する結夢も何だか見てて面白い。

 いつもは姿勢良いのに、今日は猫背だ。

 

「ど、どど、どうしたんですか……?」


 そんな結夢の横顔を見ていたことに、結夢も困惑したらしい。

 

「可愛いと思ってな」


 おっと、いかん。顔がパンクしそう。

 また興奮モードになってしまった。

 

「俺は、そもそも江ノ島電鉄えのでんに乗ってみたいな」

「うん……私もです……! 江ノ島にいる時間短くなっちゃうけど……藤沢から鎌倉まで、乗っちゃいましょう……!」


 祭りって言うのは、準備している時間が楽しいものだし、何だか隠れた側面が見えて愛おしくなったりする。

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