第49話 この時代には珍しく、実はSNSに手馴れてない少女
風呂から上がって結夢が出来たことは、枕に顔をうずめる事だった。
そのまま、顔を上げられなかった。
暫く上げられなかった。
シャワーの熱のせいなんかじゃない、高熱を放つ心のせいで温度がじわじわと上がる顔面を上げられなかった。
「ああああああああああああああああああああああああ」
布団の上で足をバタバタさせる。
はしたないのは分かっている。でも止まらない。
既に恋の合図は始まったはずなのに。
本当のスタートのピストルが、今日放たれた気分だ。
「……でも……行けて……行ってよかった……、礼人さんと、大事な話、やっと出来た……うっ」
窒息しそうになって、ゲホゲホと目を瞑りながら枕からようやく顔を上げる。
しかし真っ白な枕をキャンバスにして、礼人との思い出を階層する。
いい事だけではなかったかもしれないし、恥ずかしいこともそれなりにあった。
それでも、きっと礼人と過去を振り返った時に、笑顔で大事に語れる歴史になるのだろう。
「…………」
結夢はまた熱くなった頭を覚まそうとして、恋愛小説を一つ取る。
『とある事情から小説を読むだけの毎日しか送る事が出来なかった時があった』彼女にとって、その恋愛小説達は今や、人生のバイブルと行っても過言ではなかった。
その中の登場人物で、結夢が率直にかっこ悪いと思った女性には成りたくなかった。
フィクションだろうと、人間である以上は理想に成り得る。
こんな女性でありたいと。
こんな人間でありたいと。
いつか手を繋ぐときに、そんな物語を書きたいと。
そう思う事に、意味がないとは思えなかった。
今、結夢はその未来にいる。
しかも、物心ついた時から、いつも後姿を見ていた礼人の隣にいる。
いつか、横に並んで本当の意味で家族になってその顔を見ていたいと願っていた人の隣にいる。
ずっとイメージトレーニングはしてきた。
いざ踏み出そうとしたら竦むけれど、それはきっと礼人も同じだから。
礼人は、自分なんかよりももっと鋭い難問に向かっているのだから。
その難問だって、一緒に紐解いて、解いていきたい。
「……よし、礼人さんへのお礼メッセージ考えよう……!」
結夢がまだ家に帰って出来ていなかった事があった。
実はこの度。
礼人との連絡先を、結夢はゲットできたのだ!
……恋人になるのと、順番が逆のような気がしなくもないが、礼人の特殊性を考えると仕方ない。
「あっ……この言葉遣い、これだと変かなぁ」
十分後。
まだ打っていた。
一旦打ったメッセージはそのままに、ブラウザアプリを取り出して検索する。
「……えっと、この表現だと失礼に当たるんですね……それなら」
一時間後。
まだ打っていた。
■ ■
家に帰ってきて……菜々緒のご飯を食べて、皿洗い菜々緒に手伝わせようとしたら逃げられたので皿洗いその他諸々家事をして、風呂入って、出たら丁度スマホが鳴っていた。
画面を開く。
結夢だ。
『拝啓。柊礼人様。突然SNSにて手紙を差し上げます失礼をお許しください。向暑のみぎりでございますが、お変わりなくお過ごしでしょうか。この度はご多用中、ひとかたならぬお世話をいただき、心より感謝申し上げます。本日件のショッピングモールでお会いした際は、大変失礼な態度を取ってしまい――』
以下、この五十倍くらいの文章が面面と並んでいたので以下略。
「手紙かっ!? 対等な存在でいたいってMVP格言はどこにいった!?」
あの子SNSやったことないのか!?
後ほど菜々緒に聞いて判明したことだが、一応グループアカウントに入っている事は入っているらしいが、全く発言しないらしい。なので結夢と連絡を取る時は基本電話らしい。(そもそも何でそんなこと聞くの? って件には上手く誤魔化した、はずだ)
しかし結夢と言えば、結夢らしい。
結夢の気持ちにそうならば、この硬さを解いてやるのが俺の役割かな。
ああ。
来週の木曜日が、楽しみだ。
大丈夫。
待ち合わせで迷子になるなんて事は無い。
小学校の頃と違って、俺達には文明の利器と、未来への約束があるから。
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