第45話 事前準備に服とか本とかを買いに、偶然二人とも出掛けたのだった

 今はいい時代だな、と思う。

 昔はきっと行きたい場所があっても、コンビニとかでガイド本とかを買わないといけない。

 今はSNSによる量で裏付けされた店とか、動画サイトで追体験が出来たりするから。

 

 という訳で、PCと睨めっこを始めた。

 結夢との一日を、有意義にしたかったから。

 新入生テストで一位になった時のような、笑顔を見たかったから。

 

「うーむ」


 折角だから、結夢が勉強になる様なコースにしたい。

 特に鎌倉は歴史の分水嶺だった場所でもある。

 科目としての社会は専門外だが、さりとて俺は教育者を志す者。

 専門外である事は、生徒に対して言い訳にはならないのだ。

 

「……動画サイトだけだと、その辺が分からないな」


 やはりこういう所はガイド本買わないと、安心できない。

 検索エンジンで出てきたページは、少なくとも本より無責任だから。

 問いだって、検索を書ければ出てくるページよりも、参考書に乗っているページを解き続けているのはそういう理由だと思う。

 俺は本のありがたみを再確認して外用の私服に着替えつつ、その服についても思う所があった。

 

 服、何かもう少しかっこよくしたいなぁ。

 これは俺の見栄かもしれないけれど。


 それに結夢だって女子だ。

 こういうデートの時には、お作法があるのも知っている。

 外で公衆に見られている事を意識して、その辺も収めておく必要がある。

 

 よし、本と服を買いに行こう。

 俺はそういって玄関のドアを開けた。

 車で直ぐに行けてしまう、服屋も本屋も揃っている近くの大型ショッピングモールへ。

 

 

       ■         ■


 一方、時同じくして。

 結夢もまた、礼人とのデートコースを真剣に悩んでいた。


(礼人さんが、楽しめるようなコースがいいなぁ……)


 しかしかなり難航している。

 何故なら、結夢もまた江ノ島や鎌倉の観光スポットを探っている内に、脳がシチュエーションを勝手に想像してしまい、

 

「にへ、にへへへ……礼人さん……」


 と、表情がだらしなくなって、止まってしまうからだ。

 それでもノートに真剣に彼女なりの計画を書き留めていく。

 しかし結夢の手を決定的に止めてしまう、とんでもない情報があった。

 

「江ノ島の江島神社の『むすび絵馬』……『龍恋の鐘』……鎌倉の鶴岡八幡宮にある『政子石』……?」


 恋に恋し、愛を愛する女子故の弱点。

 ロマンチックの代名詞、『恋愛スポット』という単語に釘付けになってしまう。

 今口にした言葉は、要は恋愛成就の魔法を持っている江ノ島、鎌倉のポイントである。

 

 恋愛成就、恋が叶う不思議なパワースポット。それを人は恋愛スポットと呼ぶ。

 あらゆる物理法則、化学反応、生物のルールから逸脱した逸話な筈のものだ。

 

 そうは分かっていても。

 掻き立てられるハートマークの想像力が、結夢のマウスを握る手を動かしてしまう。

 そして最終的には、ぷすぷすと熱暴走を起こしてベッドに転がってしまう。

 

「うー……流石にこんな夢見てるの知られたら、恥ずかしいよぉ……」


 一回気を紛れさせる為に、恋愛小説を手に取る。

 本を開いて、物語に自分を同化させようとする。

 それでも、眼が文章を追っているだけで、結局意識は物語の上を滑るだけで現実逃避にもなりはしない。

 

 ただその一節だけが、結夢の逃げ道を塞ぐように印象に残った。

 

『恋愛スポットが力を持っている訳じゃない。そこに願う貴方達の間に、愛があるのよ』


 ふと、二人で絵馬に微笑む自分達を想像した。

 一瞬、確かにその二人に愛はあるかもと思ったところで、湯気を放つ顔をベッドに沈めてしまった。

 

「……駄目だ……デートなんて、初めてだから……」

 

 だからきっと、慣れない感情でいるのだろう。

 そしてふと、思考がデートに着ていく服になった。

 この前のピクニックの時も、まず服を褒められていい雰囲気になったのだ。

 それなら、やはり服には力をかけたい。なけなしの小遣いでも、礼人に褒めてもらえるように――。

 

「あれ?」


 スマートフォンに着信の音。

 菜々緒の名前が表示されていた。

 無思考で、耳に液晶を翳す。

 

『よっす結夢ちゃん。もしかして可愛い服を買いたいとか思ってないかい?』

「えっ、ええええええええええっ!?」


 遠隔的に心を悟られたことに、一人で驚愕するしかなかった。


「どうし、どうしてわかったんですか……!?」

『んもー、私は結夢ちゃんと生まれながらにしてずっと親友やってきたんだよ。それくらい読めるって』


 実は同じ高校のクラスメイトにして、菜々緒と同じ親友の初音から情報を聞かれていた、なんて事を知らない結夢はその先制攻撃に慌てふためく事しか出来なかった。

 しかし、もしかして自分と礼人の関係がばれてしまったのか?

 そういう思考を張り巡らせるくらいにはまだ余裕があったのだけれど、完全に菜々緒ペースになってしまっていた。

 

『まあ、服を買うなら結夢ちゃんの所にあるショッピングモールかな』

「そ、そうですね……」

『あそこ、若者が行くような服屋は一個しかないけれど、大体揃ってるからね。私的にはおすすめだよ』

「……う、うん。そ、そうだね」

『男子はそうやって気合の入った服に群がる習性があるからね。例えば礼人兄ちゃんはあまり飾り過ぎず、爽やかな感じのが好きだったり』

「ど、ど、ど、ど、ど、どうして礼人さんがと、登場するんですか!?」

『別に例えばの話だよぉ』


 秘める秘密をノックされたような気がして、完全に動揺を隠せていない。

 しかし、この電話で結夢はようやく重い腰を上げる事になった。

 

「でも、わかりました……服を買いたいのは確かだし、もしよければ今から行きませんか?」

『私この後部活なのよ。結夢ちゃんと服屋ブカブカしていたのにぃ』

「そ、そうですか……」


 しょぼくれる声に、菜々緒が返す。

 

『でも電話は出れると思うから。いつでも電話して! 今はリモート会議の時代だし! 服選びの時も着替えの時も、実況中継しようぜー』

「着替えの時はだめだめだめ!」


 と、服を買いに行こうと。

 結夢はそう思って玄関のドアを開けた。

 車で直ぐに行けてしまう、服屋も本屋も揃っている近くの大型ショッピングモールへ。

 

 

 ただし、菜々緒が部活で行けないなんて言うのは嘘である事。

 先んじて礼人が出掛けたのを見て、『兄ちゃんと結夢ちゃんの場合は、二人きりにさせた方が気兼ねなく進展するやろ。うわー私恋のキューピッド!』とちゃんと裏が合ってこんな電話をした事に、結夢が気付く事はついになかった。

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