第39話 シャワーシーンで君は何を思ふ
ちなみに、先に断っておくが今回のお泊りイベントで、結夢の裸を見てしまったとかそういうものはない。
というか、そんなイベントが発生したら、いくら結夢が許してくれたところで多分俺が俺を許せないからだ。
一番気を付けるべきはそこだと考えていた俺は、結夢に着替えの忘れ物は無いかとかそういう先回りをさせておいて、一切のリスク排除に務めた。
シャワーを浴びる音を聞いて、正直想像しなかった訳でもない。
ドライヤーで乾かす音を聞いて、待望していなかった訳でもない。
「あ、あの……お風呂、出ました……」
「ああ、どうだった? 風呂だけはこの家、無駄に広いから」
「でも……いっぱい、暖まれました……」
ぽかぽかしている結夢のふんわりとした雰囲気が可愛い。
しかし、いつもよりどこか妖艶に見えるような……。
待てよ?
というか、女性って普通風呂から出たら逆に魅力減るよな?
何故なら風呂に入ったという事は、化粧とかも落ちている。
故に彼女のすっぴん姿をさらす事になり、絶望した男性が多いと聞く。(ちなみに一度藤太がそれで彼女に失望し別れてるくらいだ)
……なのに結夢の場合、風呂上りの方が色っぽいとかどういう事なんだろう。
顔面の可愛さがそのままというのは、どういう事なんだろう。
「結夢、もし失礼な質問に見えたらごめんなんだけどさ……化粧とか、してる?」
「一応はしてます、よ……?」
でも、小学生の頃から顔つき変わってないような気がする。
恐らくは、本当にマナーレベルの最低限なものしかしていないのだろう。
「でも……化粧してる方がいいですよね……だ、だったら……苦手だけど……勉強します……! ななちゃん、その手のは本当に上手いですし……!」
「いやいや、無理はしなくていい。そのままの君でいい」
そうですか? とキョトンとなる結夢。
本格的な化粧を施した結夢を見てみたいのも本音だが、しかし今は純朴で純白なままの結夢でいい。
しかし気になった点がもう一つ。
「その部屋着、結構外で着る服チックなんだな」
多分ユニクロ製のものだろうが、上は灰色のセーター、下はチノパン。
動きやすいとはいえ、そのままで寝るには少しやりにくい服装だ。
「は、はい……! 人の家に行くのに……そのままの寝間着は、ちょっと……」
化粧は気にしないのに、変な所は気にするんだな。
「……個人的には、結夢の本当の寝間着を見て見たかったのだけれど」
「そ、そんなのみても、全然ださいし、だ、だらしないですよ……」
「まあ無理強いはしないさ。そういう所も少しずつ、だな」
「……でも……寝間着みたいって……言われるのも……嬉しい……」
少し安堵した様子を見せながらも、やっぱり心の声が漏れている事に気付いてないようだ。
「俺も風呂入ってくるわ」
「はい、お待ちしてます」
「眠かったら菜々緒のベッド使えよ。そのソファも一応はベッドになるけど、やっぱり本場のベッドには叶わないからな」
結夢が頷く。
流石に、俺のベッドに来いはいくら何でも早すぎる。
俺は風呂に入って、一つ重要な事態に気付く。
このシャワーを結夢も浴びて、この湯舟に結夢も浸かったのか。
結夢の香りなんてとうの昔に流れている筈なのに、容易に結夢が裸でこの空間にいたことを想像してしまう。
滴る水は、結夢の表面をどう流れたんだろうか。
どんな風に体を洗ったんだろうか。
湯舟の中で、申し訳なさそうに恥ずかしそうに裸体を座り込ませていたんだろうか。
瞼を閉じて、湯に浮かぶ結夢を、思い浮かべた。
……ただの変態じゃねえか。
結夢にあんな偉そうなことを言っておきながら、これだ。
……失望されたらいやだな。
もし何も答えを出さないままで、行く所まで行ってしまったら俺は教育者として何かを失う気がする。
どうして先生と生徒は付き合ってはいけないと世間では言われているのか。
その理由に、俺達はどう向かい合って、幸せになっていくか。
それを知るまでは、一線を超えてはならない。
拘り過ぎかな。
高名な教育者は、案外そんなことを考えていないのかな。
森末さんが見せてくれたあのカップルは、そこまでは考えずに幸せになれたのかな。
でも、とシャワーを後頭部から浴びながら俺はぐるぐると考えを循環させる。
この答えに辿り着かなきゃ、一緒に頑張ると言ってくれた結夢に向き合えない。
本当の自分として、結夢と愛し合えない。
あの子の笑顔を、隣で安心して見る事が出来ない。
このシャワーよりも、大粒の涙を流して悲しませてしまう存在になるかもしれない。
……。
……。
結局湯船に浸かる事もないまま、そっと俺は歩き出した。
そもそも、湯船に浸かる人間じゃないから。
「結夢、何してるんだ?」
「ひゃっ、れ、礼人、しゃん……」
風呂から出てくる音くらい、ドライヤーの音くらい聞こえただろうに。
それが聞こえないくらい集中してこの子は何を書いていたんだろうか。
「……どうして先生と生徒が付き合ってはいけないって、考えてくれていたのか」
ノートを見れば一目瞭然だった。
答えにはほとんど辿り着けていなくて、書いては消して、書いては塗りつぶしての繰り返しだった。
しかし結夢は結果出ていなくて申し訳なさそうな顔をしていたので、そんな頬をぷに、と押してみた。
「ありがとう。本当に、心強い」
「ひゃ、ひゃ、あ……」
ソファに座って隣同士密着して、しかも頬を指で押したら、結局告白する前と同じく沸騰し始めた。
膝枕さっきまで出来ていたのに、ただ座っているだけで恥ずかしさと嬉しさが限界突破する。
「まずはそれを克服するところからだな」
「れ、礼人さんだけなんだか克服してるみたいで……ず、ずるいです……」
「そんなことないさ」
結夢の手を、俺の胸に当てた。
「……いっぱい、どっくんどっくん、いってる……」
「だろ? 残念ながら恋愛経験なしの、俺も生徒だから」
「……でもたぶん……わたしのほうが、たくさんどっくんどっくんしてます……」
結夢の、胸
セーターは細く、結夢の二つの膨らみをしっかりと象っていた。
触ったら、結夢の鼓動がそこにある。
誰も触れたことの無い、膨らみがそこにある。
どれだけ柔らかいんだろう。母乳でないって本当かな。
「よ、よし。一緒に……考えるか。どうしたら先生と生徒が幸せになるかを」
「……にへ、にへへへ……」
そして俺らは、考え始めた。
一緒に、こうでもないああでもないとする時間は楽しかった。
恥ずかしかったけど、嬉しくて、楽しくって、未来を想像できた。
俺の問題なのに、俺達二人の未来予想図を書きだしているようで。
消した数だけ、塗りつぶした数だけ、俺達には未来がまだまだあるんだって可能性が広がっていて。
それに俺達の胸が納まる訳が無くて。
そして残念なことに、この問題に答えは出ない。
適切な問題設定すらできない。
そのまま、俺らは気づけば名も無き夜にさよならをしていた。
つまり。
ソファで俺も結夢も、眠ってしまっていた。
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