第31話 ああ、まだ夜は長い。
で、俺も結夢も何故律儀にソファに座っちまったんだろうね。
このソファ。一人ならごろーんと出来るくらいの広さはあるものの、それでも脚とかは投げ出さないといけないくらいだ。
二人座ると結構キツキツである。
結夢がいくら小学生並みに小さいからといって、残念ながら男子大学生の俺がその余裕を全部潰しちゃうのだ。
「……」
「……」
「……なんと」
何がなんとだ菜々緒テメエ。顎にVの字にした指を充てながら、興味深く観察してるんじゃねえ。
結夢は案の定、額でやかんが沸く程に熱が籠ってしまっていた。
「れ、礼人しゃん……こ、この、この……問題……」
と、体を俺の方に向けただけで色々危険だ。
実際俺らの体は密接までとは言わなくても、所々触れ合っている状態になっている。
「ああ……ここは円に対してドルが高くなったから」
「ドル、ドル、……高く、円、……キャンドル……」
駄目だ。この状態になると菜々緒よりポンコツになってしまう。
「やばい、結夢ちゃんそこまで
「お前は笑い過ぎなんだよ菜々緒!」
「今時少女漫画にもラブコメにもいないってそんなキャラひゃっひゃっひゃ」
こいつは親友の慌てふためく姿を腹抱えて転げてやがる。
こんな妹だったとは。兄ながら情けない。
「で、兄ちゃんもさっきから全くペン動いてないし!」
「はぁ!? ……あっ」
開始から10分。
俺の課題用紙はものの見事に白紙だった。
馬鹿な。結夢が時間停止をして料理を作る能力に目覚めていたのは事実で、俺は時を飛び越える能力者だったのか!?
「さっきからずっと睨めっこしてペンを起用に回してるけど、頭回ってないみたいだねぇ!」
案の定そんな事は無かった。
ぷぷー、と頬を膨らませて小馬鹿にしてきやがる菜々緒の顔がそれを物語ってやがった。
「いやいや何を言っているんだ菜々緒さんよ。お前は大学という所が何も分かってねえ。倍率5倍の大学共なればな、紙一枚だろうと考えるだけで数時間要するような極悪課題が出てくるんだぜ」
「しょ、しょんなかかるのに……わ、私たちの為に……そんな、時間を……」
「なんで結夢にダメージが行ってんの!?」
「兄ちゃん、ここに(10分)とか掛かってますけどー?」
「……一文10分かかるという事だ」
「言ってて苦しくない?」
くそっ! いつも言い負かしてる菜々緒にここまでけちょんけちょんにされるとは……!
結夢は眼がぐるぐる一歩手前なので俺達の会話は届いていないらしいが、他人に知らされるにはあまりにも残酷な屈辱的歴史的敗北だ……!
「兄ちゃん見て、私の参考書」
「あん?」
俺の白紙と、菜々緒の答案を交互に指さしてくる。
めっちゃ勝ち誇ったような笑顔がムカつく。
「私の方が勉強してるー」
「菜々緒ー、ちょっとちょっと」
菜々緒を呼び出すと、手で頬を掴む。
「にゃー! ひゃにすんにゃー!」
「兄ちゃんそんな勉強量でドヤ顔するように教えた覚えはないなぁ」
「ふふん、すごいでしょ」
「何故この状況でドヤ顔を上塗りできるんだお前ぇぇ!」
「ひょげー!」
わざとらしい声出しながらまだ興奮冷めやらぬ結夢に泣きつくのだった。
流石に結夢も自分の膝に泣きつく結夢をよしよしする。
幼い外見なのに、聖母か。
「ほら、シフォン食べよ?」
「うむ……旨い」
菜々緒は餌付けされる犬か。
しかしそれで元気づけられたのか、またこの妹は調子に乗り始めやがった。
「結夢ちゃんに、あーんされてもらった方が美味しい」
「ほんと……?」
「本当だって。兄ちゃんにもさせたら美味しいって言うね。この前兄ちゃんデミグラスソース味見してもらった時も多分同じ効果があったと思うけど、このシフォンケーキは格別だなぁ」
ちら、ちらって俺を見るんじゃねえ。
また結夢の頭からぷしゅーって擬音語が鳴っちまっただろう!?
「礼人さんに、あーん……あ、あ、あー、ん……」
「付き合う必要はない。勉強に集中だ」
「は、はひ……」
「それは兄ちゃんにも言えた事じゃない?」
「お前は黙っとれ作業妨害BGMが」
菜々緒が席を外したのを見計らって、菜々緒には聞こえない様に結夢に再度伝える。
「車の中でも提案した通り、克服……しなきゃだから。ゆっくり、少しずつ問題を埋めていけばいい」
「……は……はい」
俺の横で恥ずかしさと戦う結夢に伝えたのは、エールだった。
せーので、一足飛びにする必要はない。
地道にこうやって頑張るのが、結夢の言い所だから。
「……俺も、頑張らなきゃな」
そして一つ、認めないといけない事がある。
この密接状態で起きるエラーは多分、俺も克服しないといけない。
っていうか、俺も何でもこんなエラーが起きてるんだか……?
俺は先生なんだから、生徒に対してこんな風になっている事自体が恥なんだが。
まあ、まだ夜は長い。
ああ、まだ夜は長い。
勉強の時間は、あるから。
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