第24話 マズい所を妹に見られた!
結夢の授業は、何とか結夢を落ち着かせる形でやり過ごした。
しかし半径二メートル以内に入ってしまうと、思考が落ち着かなくなってしまうらしく、教える時以外は基本的に距離を取らざるを得なかった。どんなソーシャルディスタンスだ。
まずいな。本当にまずい。
律樹はこの辺り、踏み込むべきところではない所には踏み込まない生徒なので問題は無いとして、別の生徒と同じ授業だったときが非常にやばい。
俺と何かがあった。そう勘ぐられたら、結夢があの塾で場所が無くなってしまう。
そうなれば、授業どころじゃない。それだけは避けなくてはならない。
何か対策を練らなくては……。
と、俺は頭を悩ませながら、玄関を開けた。
ああ、やべえ。鍵が見当たらねえ。くそっ、寒いんだから早く見つかってくれ。
ガチャ。
と錠が開いて、ドアノブが動いて扉が開いた。
いや待て、俺はまだ鍵を見つけていないのだが。
「れ、礼人さん……お帰りなさい……」
「結夢」
制服の上にエプロン姿の結夢が、出迎えてくれていた。
……なんで結夢がここにいるの?
しかも何だろうこの小さくて儚くとも、溢れる手馴れた母性感は。
更に言えば、俺が帰ってきた事で新婚でもしないようなプルプルした赤面を見せてくる。
「おか、お帰り、お帰りなさいってごめんなさい……私、私私、ここに住ませてもらって、ててる訳でもないのに…………奥さん、んみたい……」
「えっ、いや、そんな事気にしないというか……」
奥さんみたいと言った瞬間だけ、嬉しさが顔に滲み出た不器用な結夢であった。
そしてそのことに最早突っ込むだけの余裕もない礼人であった。
「あ、兄ちゃん帰ってきた、お帰らぁ」
完全にソファが定位置の、我が妹ながら情けない実質ニートの菜々緒がひょっこりと顔を出してきた。
「また結夢を連れ込んで何をしようってんだ。サプライズならもう間に合ってるぜ」
「違う違う、結夢ちゃんから今日の夕食作らせてって来たんだよ」
「えっ、本当か?」
結夢が恐る恐る、頷いた。
机の上には丁度、出来たてで何とも旨そうに膨らんだハンバーグが人数分並んでいた。
確かに挽肉は無かったはずだし、ニート菜々緒が作る筈もないし、結夢が率先して買ってきたとしか思えない。
「もー、兄ちゃんはいつも私のせいにするんだからぁ」
「ああ、それは済まなかった」
「私駅前のプリン食べたいなぁ」
「調子に乗りやがって……」
「調子と言えば餃子も食べたくなってきたなぁ」
「調子と言えば餃子って『子』しか合ってないのにどんな連想力だよ!? 何だったら読み方も合ってねえよ!? マジカルバナナどころじゃねえよ!?」
結夢の手には明らかに先程までなかったはずの、ほかほかの手作り餃子が出来上がっていた。
「ななちゃん、追加で餃子作ったから食べてください……!」
「いや今の一瞬で出来ちゃったの!? 結夢の料理スキル時空を超え始めてないか!? っていうか皮とか四次元ポケットでも使ったの!?」
ハンバーグと餃子って食べ合わせ良かったっけ?
まあ菜々緒はインスタントだろうと道端の草だろうと食べてしまうような雑食なのでどうでもいいか。
そんなこんなで結夢が作ったハンバーグ(+餃子)定食を囲んで座る俺達三人。
「チーズ入りかよ……すげえ」
「礼人さんも、ななちゃんも、昔からハンバーグ好きなのは変わらないんですね……チーズ入りが好きな所も」
「あぁ……でも結夢ちゃん、私が人参嫌いなの忘れた……?」
「ななちゃん、嫌いなものも変わってないんですね」
そして菜々緒の奴ときたら、せこい事にこっそりちゃんと切り揃えられた人参を俺に移そうとしてやがった。
「駄目ですよ、ななちゃん! 好き嫌いは駄目です!」
「……はい」
結夢の目線が健気過ぎた。
基本下種い菜々緒も、俺に投げるのを諦めて渋々人参を食べる事にしたらしい。
「それで、今日来たのが……こ、ここ、これをお返しし、しようと……」
そう言って、結夢が紙袋を俺に手渡してくる。
「あっ、ピクニックの時に貸したシャツか」
「はは、は、はい!!」
「ありがとう……」
めっちゃモジモジしながら、ボリューム間違えた音響の様に強く返事してくる。
しかもめっちゃアイロンがけされてる。あっ、ちょっと結夢が使っているであろう洗剤の匂いがする。
女子の家で洗濯すると匂いが良くなる説、本当だったのか。
「あ、あ、あの時は、ほ、本当に、ごごご、ご迷惑おかけ、しました」
「いや、本当に俺も色々すまなかった……色々……」
やばい。
一気に思い返してしまった。
結夢の乳輪のシルエット。
胸の柔らかさ。
すらっとして、純白と言ってもいいくらいに綺麗だった脚。
その付け根の水色のコントラストと、僅かに模様がついていた具のスリット。
「本当にごめん……謝っても謝り切れない」
「な、なにを言ってるんですか……あの時あんなに謝っていただいたのに……! 私は本当に、色々……嬉しかったです。にへ、にへへへへ……」
しかしそこでにへっていた結夢が近づき過ぎた事に気付いて、突然顔が沸騰し始めた。
「はしゅ、はしゅ、しょ、それで……あの事をお、思い出してしまって……きょ、今日、授業、しゅ、集中でででで……」
「OK! うん、そんな日もあるさね! だから落ち着いて、回れ右して、一回テーブル座って、深呼吸しようか!」
言う通りに結夢が後ずさって……。
「いや回れ右しろって!」
「わっ! わわっ!」
流石に後頭部強打は洒落にならない!
覚束ない足元が崩れるのが予測できたので、後ろに転び倒れた結夢の体を支える事が出来た。
受け身を取る事も忘れて、両手の位置も胸元のまま、目を強く瞑っていた結夢。
危ねえ……良かった。
結夢が無事なら、それでいいや。
「結夢、大丈夫か?」
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
あっ、大丈夫じゃない。致命的にマズい。
半径二メートルに近づいただけで簡単な英文も紐解けない程に思考がフリーズする結夢なのだ。
こうやって抱き留めてしまったら、そりゃ目も焦点合わないままに痙攣もするわな。
「……」
「結夢!? 結夢? おーい!」
また意識を失ってしまった。
いつかショック死しちゃうんじゃないか、この子。
しかも、マズい事はそれだけじゃない。
「おっ、二人とも遂に付き合い始めたんだ!」
「違う菜々緒それは違うんだ、それより結夢を起こしてくれ!」
多分結夢も、必死になってて忘れてしまったのだろう。
俺は勿論知っておくべきだったはずなのに……。
基本いつだってやらかす面倒な妹、菜々緒が後ろにいたんだった……。
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