第23話 天使の赤面症、絶賛悪化中

 授業用の机に座って俺の授業を聞いていた結夢は、ひとまず順調に俺の話を聞いてくれていた。

 とても授業どころじゃないかと思ってた。

 もうこのままでは林檎病な桜色の顔がデフォルトになるかと思った。

 

「じゃあ、何も質問は無いか?」

「はい」

「じゃあ、16ページの問題を解き始めてくれ」


 何か質問があると思っていた。

 一昨日のピクニックの後、どうしていましたか、とか。

 一昨日のピクニック、恥ずかしかったです、とか。

 

 俺も質問はあった。

 あの後、風邪はひいていないか、とか。

 あの時、不快な気持ちにならなかったか、とか。

 

 しかしここでは、確実に柊先生でなくてはいけない。

 一昨日の一件について質問どころか、話をする事も許されない。

 この悶々とした気持ちと戦いながら、凛として授業をしていなければならない。

 

「待たせた律樹。新学年テストはどうだった」

「ぼちぼちっす。可もなく不可もなくって感じっすね」

「じゃあ次の中間は可にしておこうか」

「今日の数学、新学年テストの振り返りから初めていいっすか」

「ああ、いいぞ。えーと……」


 律樹から渡されたテストの問題を見て、見直すべき単元について一通り対話。

 どうして間違えたのか、足りなかった知識は何かを引っ張り出す。

 結果、選定された問題を律樹に提示する。結構引っかかる所なんだよなぁ、ここ。


「とりあえず、似た問題を持ってきた。早速実践してみてくれ」

「了解っす」


 律樹に問題を解かせ始めたので、結夢の様子を伺う。彼女の学力ならそろそろ終わる頃だろう。

 そして結夢の横顔を見て、空色のカーディガンに纏われた制服姿を見て、一瞬俺は施行が固まってしまった。


 ほんの少しカーディガンを押し上げて主張している胸。

 ……先端はあの辺だよな。

 今日も、キャミソールだけなんだろうか。

 カーディガン越しだから、背中見ても分からない。

 

 ぴちっと閉じて座る脚。

 制服のスカートの下、下半身の形はあんな風になっているんだろうな。

 今日も、あの水色一色の三角布を纏っているんだろうか。

 この何にもけがされていない様な白い脚は、どれだけ撫でたらすべすべしているんだろうか。

 

 ……。

 ……。

 

 俺は、自分の頬を殴った。

 

「先生、どうしたんすか」

「自分に喝入れた」

「……今までのどこに喝を入れる要素があったんすか」


 理解できないって顔だよな。律樹、分かるよ。

 理解しないでいい。理解しないでくれ。

 今俺、少しおかしくなってるんだ。

 一昨日見てしまい、感じてしまった彼女の体を幻として重ね合わせている自分がいたから、殴り飛ばしたんだ。

 

「……」


 しかし結夢、ペンが止まっている様な……?

 そっと彼女の答案を見ると――白紙だった。

 いやいや。問一なんて選択問題だし、中学生レベルの内容だ。結夢がここまで迷う筈がない。

 

「結夢? どうした?」


 明らかに何事かあったと考え、結夢に声をかける。

 しかしよく見ると、彼女はペンを持ったまま硬直してしまっていたのだ。

 

「……ぁ……ぁ……礼人さん……近くに……」


 幸いだったのが、あまりにも小さい声だった為に律樹にも聞こえなかった事だ。

 しかし喘ぎ声にすら感じたか細い音しか出なかったのもうなずける。

 

 何か物凄い目を回してる。

 あかん、何か感情が物凄い溢れてる。

 

「結夢、どこか具合でも」

「ふあああああああああああっ!?」


 ぼん、と結夢の顔が爆発した。

 実際、漫画の様に結夢の顔が真っ赤になったのだ。

 いくらなんでもこの距離じゃ、この前までは少し赤くなる程度だったのに。

 

「……ご、ごめんなさい、おか、おかしいですよね……何か、この塾入った時からこんな感じで」

「……そ、そうか」

「ちょ、ちょっと顔洗ってきていいですか……?」

「あ、ああ……」


 結夢が逃げる様に教室から一時退避した背中を、俺は見届けるしかなかった。

 今、明らかに結夢に思考のエラーが起きている。致命的なエラーだ。

 やべえ、どうしよう。

 多分俺のせいだ。


「……先生、何やらかしたんっすか」

「……何も」


 ごめん、律樹。今回はぶっちゃける事は出来ない。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る