第14話 2-Shot

 丘の頂上まで辿り着いた。

 なのに、俺達はどちらも手を解こうとしなかった。

 途上の距離は、俺達の硬直を溶かしてくれなかった。

 

「……そろそろ、俺手汗が凄いから……一回離すか」

「いえ、私の方が汗ばかりで……迷惑かけます」


 やっと解いた時、俺達の前にはこの公園で一番大きなミモザの木が聳え立っていた。

 黄金の葉を幾重にもぶら下げている天然の屋根を目の当たりにして、ようやく心を奪われ始めた様な気がした。

 必死にミモザを褒める感想を、頭の中で構築していた。

 

「……やっぱりななちゃんに、この優雅な景色、見せたかったですね」


 結夢の言葉に乗っかる形で、俺も頷いた。

 

「まあでも、春になればいつでもここに来れるから」

「そうですね……ちゃんと結夢ちゃんに、写真を送らないと」


 結夢がスマートフォンを取り出して、何枚も画像フォルダに収める。

 時間の止まったミモザの葉が、鮮明な画像になってスマートフォンの向こうへと写されていく。移されていく。

 

「あのぉ、すみません」


 俺達に話しかけたのは中年夫婦だった。

 俺達の親と同い年くらいの、まさにおしどり夫婦だった。

 

「もしよければ、お二人の写真を撮りましょうか?」

「えっ」


 俺達の写真を撮る事は全く考えていなかった。

 二人て写真撮るとか、完全にデートそのものでしかないからだ。

 手つないだ時点で、そう位置付けられても可笑しくないのだけれど。

 

「わったったった……私たち二人で……写真、ですか……!」


 この子、舌噛みそう。

 しかしさりげなくとも、有無を言わさないような熟年夫婦の誘導が上手い。

 

「ふふふ……やっぱり兄妹じゃなくて、好き合ってる感じかしら? 物凄い新鮮ね。ミモザが本当に似合う」

「す、す、すひ、好ひあってふ……」


 あかん、このままだと結夢がオーバーヒートしてしまう。

 眼がグルグルしまくってる。このままだと倒れるレベルだ。

 俺も正直、恋人呼ばわりは恥ずかしい。

 畜生、振り切るしかない!


「俺達、そんなんじゃないです。今日、親友同士で来てて……」

「そう? その割には何か硬いわよ? それにこんな所に男女二人で来るなんて……」

「本当はもう一人一緒に来る予定だったんです」


 まさか塾の先生と生徒とか言う訳には行くまいしな……。

 少しは結夢の熱も冷めたのか、ようやく写真を取れるくらいにまで表情が戻っていた。

 でもちょっと何故か残念そう。

 ……なんでだ? 本当の事だろう。

 

 それを見た熟年夫婦の内のおばさんが、ミモザを見上げながらこう話すのだった。

 

「二人とも、花言葉があるっていう事くらいは知ってるわよね?」

「そりゃ、まあ……」

「ミモザの花言葉は『秘密の恋』って言ってね。私達もあまり公に出来ない所から出逢って夫婦にまでなったんだけど……まだ周りへ関係を秘密にしたい貴方達には、ぴったりじゃないかしら」


 そんな事はって言おうとしたところで。

 結夢が瞬き二回。物凄い照れた様子で、誤魔化し始める。

 

「そ、そんな事はないです……私達は、周りに知られても問題のない、健全な関係です……決して男女の仲では……」

「顔がそう言ってないわよ? 少女」


 相手の言う通り。

 とても誤魔化すには適さない、照れ切った顔をしている事に気付こうか。結夢。

 

「少年の方も、いい顔になったわね」

「えっ、俺も?」

「じゃ、撮るわよ」


 いや、俺はちゃんとした顔の筈だ。

 結夢とは昔から親友の関係の幼馴染。そして先生と生徒の関係。

 そんな仲に進展してはいけないと分かっている筈だ。

 結夢だって、ちゃんと頷いている事だ。

 俺がそんな顔をしては――!

 

「あっ」


 俺達はそこで、お互いの手が触れあっている事に気付いた。

 ミモザの幹の隣、お互いの距離のちょうど真ん中。


「……ああ、悪い」

「いえ、こっちがごめんなさいです……」

「いいじゃない。一気に行きなさいよ。例えば、袖を掴むところからとか」


 そして、結夢はどうして俺の袖を掴んだんだろう。

 俺はどうして何も言わず、ただスマホのカメラ音が鳴るのを待ち続けてしまったのだろう。

 

 

 ……ミモザの花が沿ったフレームの中に、俺達は確かに写っていた。

 二人きりで、しかしカメラに目線が言っていなかった。

 結夢の事を揶揄えないくらいに、俺も赤くなっていた。

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