第13話 手を繋いで。俺達のミモザが途切ない様に
正式名称は『横浜市立鶴見四ツ池公園』――通称ミモザ公園。
一番の見頃は春で、公園の西側はピークには見事な桜景色を見せる。
しかし俺達が好きなのは東側。ピーク時には見事な金色の花であるミモザが咲き誇る。
俺達も結構来ているけれど、飽きたと感じたことは無い。
「綺麗ですね! 三年ぶりだけど、やっぱりここは変わらないですね!」
車から降りるなり、兎の様に結夢がぴょんぴょんしていた。
心が本当に行動として体に出る娘なのだ。
ブーツで跳ぶたび、スカートがひらりひらり。
別に見えるとは言わんが、こういう所は無防備よな。
しかし今年も見事な満開だなぁ。
まだ遠いけれど、ミモザの桜は
青空をバックにした金色は、本当に映える。
「この分なら、俺達の『秘密基地』にもミモザが沢山生えてる事だろうな」
「秘密基地……もしかしたら別の人達に取られているかもしれませんね」
「中々あそこまで奥深くには入らないと思うが……いたらその時はその時だ」
秘密基地、とはその名の通り、俺と結夢と菜々緒しか知らない筈のスポットだ。
それでいていくつかのミモザを独り占め出来てしまう凄い場所だ。
出来る事ならそこで弁当も食べて、のんびり日向ぼっこをするのが俺達の通例だ。
「秘密基地行く前に、あの丘のミモザを拝みに行くとしようぜ。インスタでも今年は五十年に一度の出来栄えって言ってたし」
「……」
歩き始めた俺だが、結夢が立ち止まっていたことに気付く。
さっきまでミモザに釘付けだった目線は、俺全体の枠から外れようとしなかった。
「どうした?」
「あっ、ご、ごめんなさい……あの、さっき私の服装について褒めてくれましたけど……礼人さんの方が、かっこいい格好をしていらっしゃるなって……何より、やっぱり大人に見えて……」
「……お、おう、ありがとう」
西側に咲く桜よりも、頬を染めながら言うあたりお世辞ではないのだろう。
ロング丈の白シャツの上から羽織った、ベージュのロングコート。そして黒チノパン。紺のスニーカー。
正直、背伸びして挑戦したものだったから素直に嬉しかった。
結夢のこんな笑顔を引き出せたことが、信じられなかった。
「あの……新品、ですよね……」
上目づかいで、覗き込むように見てくる。猫か君は。
「残念だけど中古品だ。遂この前、バンド仲間が下北沢紹介してくれてな。大学で生きていくならファッションにも気を遣わないといけない言われて、中古ショップで買ったものだよ。これ新品で買おうとしたら下手すりゃ5万とか平然といくからな……」
「やっぱり大学生にもなると、そういう所にもお金を使わないといけなくなるんですね……」
「けど、結局大学にも塾講師用のスーツで行ってるから、今までお披露目されなかったけどな」
大学から塾の間で着替えるの面倒くさいし、俺みたいにスーツで通っている人は結構いる。
絵美もそのパターンの人間だ。
しかもこれでバンド活動をやっているから、周りから偶に「えっ?」て感想を言われたりする。
「で、でも……つまり、この服装は初めてで……今回のピクニックに、引っ張り出してくれたんですか……汚れるかもなのに」
「服なんて汚れてなんぼだしな。それに……」
「それに……?」
あれ?
そういえば俺、中学生の時は結夢といる場合はジャージが基本じゃなかったっけか?
それに、友達と遊びに行くときなんてユニクロで買ったような量産型の服装ばかりじゃなかったか?
この服装の変遷は、高校から大学への進学を機にしたものなのだろうか。
それとも、結夢のこの嬉しそうな桜色の笑窪を気にしたものなのだろうか。
そうか。
俺も気合入ってたって事か……。
「なんでもない」
「……にへへへ」
にへりやがって。
隣に並んだ結夢は、相当この事実を嬉しく捉えたらしい。
ところでミモザ公園はデートスポットとしても十二分に成り立っており、カップルの数も多い。
俺達の横を通り過ぎていった制服の少年少女もカップルだろう。
まだ若いというのに手を繋ぎながらイチャイチャしやがって。
「……ん?」
ふと、結夢の手が俺の手に会った。
外側の甲ではなく、明らかに内側の掌に触れていた。
しかも失敗はしたものの、繋ごうと掴んでいた軌道だった。
「結夢?」
「あっ、ご、ごめんなさい……や、やっぱ駄目ですよね……!」
「駄目……?」
「な、なな、なんでもないです……!」
明らかに、あのカップルの様の真似をしようとしていた。
……そういえば、俺達は他の人達からはどう見えるんだろう。
菜々緒がいれば友人同士に見えたに違いない。
しかし、今俺達は二人同士。
他人から見た時に、手を繋がないが、妙に近い距離を保っている俺達はどう見えるんだろう。
誰も先生と生徒とは思わないよな。
本当はちゃんとその辺の矜持をもって、結夢とは接さないといけないのだけれど。親からの許しがあったとしても。
でも、結夢はどう思われたいんだろう。
俺は、どう想いたいんだろう。
結夢が不意に伸ばした手を掴まなかったのは、正解だと思っている。
正解に、している――。
きっとこの問題に、正解も間違いもないのだろうけど。
ただそうしたいという気持ちと、世間からの目があるだけだ。
「結夢。ブーツだと歩きにくくないか?」
「……大丈夫です。昔から歩きなれた場所ですから……わっ!」
丘へ登る階段を踏み外しかけたせいで、説得力がないんですが。
立ち止まって「危なかった……」と呟く結夢に俺は提案する。
「ほら、危ないから……」
そうして俺は、多分自然に。
ロングコートに隠れない様に、結夢に手を伸ばした。
瞬き。誤魔化し用の二回ではない。
何度も目の前の情景が理解できていないと言った様子で、きょとんとした様子で見ていた。
「……い、いいんですか?」
「どうして?」
「礼人さんは、先生だから……手を繋ぐの、躊躇するかなって……」
しかしその問いに答える前に、もう既に泣きそうになっていた。
恥ずかしくて泣く涙ではない。同情して泣く涙でもない。
嬉しくて、感極まった状態だ。
「勿論、そういう意味じゃない。それだけは分かってくれ……でも、こうした方がいいかな、って思ってさ……」
俺も話しづらいじゃねえか。ちくしょう。
ああ、思考が回らない。こんな事なら高校時代にもう少し恋愛経験積んどくんだった。
絵美みたいな数少ない女友達と馬鹿みたいに笑って歌うんじゃなくて、初恋のような燃えるような感情に名前を付けて整理しておくんだった。
そういう意味じゃないから。
そういう意味じゃないから。
そういう意味じゃないから。
結夢、そういう意味じゃないんだ。
ただ、手を繋いで留めておきたいだけなんだ。
「それでも、いいです……甘えていいですか?」
「ああ」
「やった……やった……!」
繋いだ掌は、やっぱり細くて、でも強く握り返してくれた。
心の声を漏らしているうれし泣きの結夢に、指摘は野暮のような気がした。
俺に出来る事は、彼女がミモザを安心して見れるように、この手を離さない事だろうな。
丘までの階段道中。
ミモザのトンネルは、いつもより鮮やかに見えた気がした。
ごめん嘘。
ミモザが、見えないんだが。
心臓の高鳴りが気になって、何も見えないんだが。
しかも結夢の掌から、物凄い脈打ってる事が分かるんだが。
「繋いでる……今私……礼人さんと……繋いでる……」
早く慣れてくれ。
心の声を仕舞いながら、心臓の高鳴りを抑えながら、慣れるしかないんだ。
ミモザが途切れてしまう前に。
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