塾講師始めたら天使な幼馴染が生徒になっていて、尊くアプローチしてくる。先生として俺はもう駄目かもしれない
第7話 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
第7話 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「し、失礼します。よ、よろしくお願いします!」
車に乗る時も、結夢は物凄い丁寧で慎重だった。
助手席に座るまでの動きも物凄い硬い。
申し訳なさからなのか、それとも緊張からなのか。多分どっちもかな。
「忘れ物はない?」
「はい! だ、大丈夫です! あっ!」
「何か忘れたか?」
何かを受信したかのように、目を見開くと残念そうに俯く。
「さ、さっきのデミグラスソースに隠し味を入れるの忘れていました……もっと美味しく二人に食べてもらえたのに」
「忘れ物で隠し味と答えるのは君くらいだよ!」
物凄いショックを受けているらしく、小さい体で学生鞄を抱きしめながらしょんぼりしている。
とりあえず物理的な忘れ物は無いとして発信。万が一あったら菜々緒が届けてくれるだろ。
「結夢、本当に料理上達していたな。元々上手かったけど、あんなに旨い料理を作れるなんてな」
「……いつも柊先生が作ってくれていた料理に、いつか恩返ししたいと思ってて」
「寧ろ恩返ししなきゃなのはこっちの方だと思ってたよ。結夢はいつも俺達の事を気にかけて、色々手伝ってくれてたから」
……過去の話をしているのに、柊先生と呼ばれるのは寂しいな。
仕方ない事なんだけど。
でも、結夢からはそう呼ばれているのは正直悲しい。
「あの……一つだけ、わがままを言わせてください……」
振り絞る様に、助手席から結夢の声があった。
「塾以外では……礼人さん呼びに、戻してもいいですか……?」
丁度赤信号で止まっててよかった。
結夢の事だからちゃんと配慮してくれたんだろうが、思わず頭抱えちゃったもんな。
ん? 礼人さん?
「前は礼人兄さんとか呼んでなかったっけ?」
「……礼人さんは、私の兄では……ないですから」
「……まあ、それはそうだな」
「兄さん呼びしてると……これ以上の関係に、進めないから……」
泳ぐ目で、今この子なんて言った?
ちょっと小さい声だったが、確かに俺の耳には聞き取れた。
「えっ、これ以上の関係って……どういう事?」
「……はい?」
聞き返された。
「今、そんな風に言っていたから……」
「……え?」
鞄が結夢の膝から、足元に落ちた。
わなわなって擬音語が似合う様な顔の振動。
そして――火山が噴火したように。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
叫んだ。
小さい体の全てを使い切ったかのような悲鳴。
結夢と過ごした十年くらいの間、聞いたことの無いような声だった。
「わあああああああ!! なしです! なしです!! なしです!! なしですううううううう!!」
「うおっ!?」
泣きじゃくりながら、物凄い迫ってくる。
近い! 近い!
「心の声が、心の声が漏れただけなんです!!」
「いや待て、心の声ってなるとつまり本音って事に」
「あっ、あっ、あっ、えっ、と……」
今度はブルースクリーン起こしたパソコンみたいにフリーズしやがった。
必死に言い訳を考えているのも分かる。
でも見事に赤く染まった頬をカーディガンの裾で隠すばかりで、焦点の合わない瞳は隠れない。
「どうしようどうしよう……こんなの、おかしい人って思われるよ……」
「また心の声が漏れてる。ダダ漏れなんですけど」
よし、落ち着かせよう。
結夢の沸騰せんばかりの心にブレーキだ。
いや、俺の心にもサイドブレーキだ。
明らかに心臓の鼓動、昂ってる。何か多分、顔熱くなってる。
『プゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ』
クラクションの音。俺の真後ろ車からだ。
あっ、信号青になってた。ごめんなさい。
「……」
「……」
結夢もこのクラクションで冷静に戻ったのか、それ以上心の声を漏らすことは無かった。
しかし……沈黙していると、嫌に思い出す。
これ以上の関係?
これって何だ? 以上って意味は? 関係の定義は?
とりあえず、下手な事故を起こさない様にアクセルとブレーキを踏む足元と、ハンドルに添えている手に集中するので精いっぱいだった。
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