第6話 3人は変わらない。
「うまぁあああああああい!! 何これ、結夢ちゃんどんだけ料理の腕上げてんの!?」
隣でやかましい菜々緒に同意するのもあれだが、俺も思わず、
「うま……」
と、結夢のオムライスに語彙を司る機能を麻痺させられてしまった。
絶妙な半熟加減の卵の膜と、チキンライスの風味、デミグラスソースが見事にマッチしてやがる。
決して三ツ星レストランに出てくるような高貴なものじゃない。家庭の食卓に出てくる、労わる料理。
だから食べてて美味しいと感じると同時に、心なしか元気になる。
「良かった……!」
真心、伝わるんですが。
本当に心底嬉しいという結夢の顔が、彩りを一番加えてくれる調味料なんですが。
「向こうでは結構料理してたのか?」
「はい、お母さんも仕事を始めたので、早く帰る私が作ることが多くって」
そうだよな……。
俺の家も親父は相変わらず外国飛び回ってるし、お袋も出張が多い仕事に就いちまったから、基本兄妹だけで夜を過ごすことが多くなった。子供が成長してからこうなる家は結構多い。
「私達は兄妹でいるからいいけど、結夢ちゃん所は一人娘だし、一人だと不安だよねぇ」
「うぅん。お母さんも早く帰るようにしてくれているから、寂しくないですよ」
「寂しかったらいつでも家来てね? お泊り会とかやろう?」
生徒が家にお泊りとかいよいよヤバいんですが。
妹の親友枠という言い訳ってどこまでの強度があるんだろう。
俺は話題を変える事にした。
「そういえば向こうの生活はどうだった? 北海道だっけ? とてもだだっ広いけど、何となく住み心地も良さそうだなってイメージだけど……向こうで出来た友達とか、どんな感じだった?」
「……」
ぴく、と。
結夢のスプーンが止まった。
瞬き二回……あっ、この癖変わってないのか。
「とてもいい所でしたよ……でも札幌でしたし、住んでみると意外とこの横浜と変わりませんでした。でもちょっと郊外行くと、最初は自然の壮大さに圧倒されるというか……」
「北海道海鮮系が美味しいんだよねぇ。ムニムニ? だっけ? サーモンのムニムニ食べてみたいなぁ」
「ムニエルをあだ名みたいに覚えるな」
「初めて行った時、いくらが凄い美味しかったですよ」
「あーっ! いくらか……あれもプチプチしてて美味しんだよねぇ。今度三人で北海道旅行しようよ」
再び瞬き二回。
……そういう事か。
「うん。ちょっと遠いから、まとまった休みの時に行きましょう」
ちなみに結夢の“この癖”、菜々緒も知ってる。
故に、菜々緒も話題逸らしに入った。
「……でも三人でもっと色んな所行きたいかも。そうだ! 今度久々にミモザ公園でピクニック行こうよ! もう少ししたらミモザ見ごろだよぉ! いいよね、兄ちゃん」
まあ、ミモザ公園ならここからちょっと遠いし、生徒に見つかるリスクも小さいか。
俺はうん、と頷くと同調して小さく結夢も小さく頷いた。
しかし上げた目は、若干潤んでいた。
「結夢ちゃん、ど、どうしたの?」
「あれ……あれ?」
結夢にとっても想定外だったみたいで、自分で何故泣いているのか分かっていない様子だった。
疑問符らしき声を漏らしながら、眼鏡を取ってハンカチで拭う。
「なんというか……久々に帰ってきたなって、思えただけなんですけど……こうやって三人で、ここで食べてたら、ちょっと昔を思い出しちゃったというか……」
「……そうだな。俺も何か、色々懐かしくなってきた」
三年前、結夢が中学進学直前に転校する頃、俺達は今と違っていた。
今もそうだけど、俺達は子供だった。
俺はただ目前の楽しさに浮かれ、目前の受験に憂いていた夢無き子供だった。
菜々緒は今ほど気遣いが利かない癖に、結夢が転校すると知って今の結夢以上に大泣きする子供だった。
結夢だけが、ある意味で子供の頃と変わらないけれど、色んな意味で子供の頃よりも成長していた。
姿形のあどけなさは残っているけれど、料理の腕とか、勉強する単元とかは成長している。
一方で、俺達の後ろに隠れていたような気弱さも、どこか成長してしまっている気がする。その殻を破ろうと必死なようにも見える。
三人とも、三年前と違う。
ただ同じことは、今でも俺達の間には何色か分からないけど糸があって。
それは先生と生徒という関係があっても、千切れないって事。
「結夢……まあ、いつでも家に来なよ。今度は俺の料理御馳走するからさ」
「兄ちゃんそれ私さっき行ったー。大体結夢ちゃんの料理の方が美味しいし!」
「お前何も手伝わねえくせに! 二度と料理作んねえぞごく潰し! カップ麺でも食い続けて不摂生になっちまえ!」
「結夢ちゃんいつでも来てね! 私を養ってくれ。そしてストレス発散しまくるこの兄から守ってくれたまえ」
「お前脳味噌の皺カップ麺で出来てんのか?」
結夢は泣顔ながらも、クスリと僅かに笑みを浮かべる。
「ななちゃん、料理は少しは出来た方がいいよ。今度一緒にやりましょう? 面白いですから」
「よし。結夢、菜々緒は甘やかさない方向でよろしく。高校で何かサボってたら俺に報告だ」
「はい、分かりました」
「うえー」
目論見が外れてテーブルに顔をうずめる菜々緒。ざまあみろ。
その後、ちゃんと菜々緒に皿洗いをさせた所で、結夢が帰る事になった。
しかし時間的に夜遅い。
昔はこの部屋から近かったけれど、今は何駅か行ったところの2LDKに居を構えているようなので、歩いて帰れるような距離ではない。
結夢は電車で帰るつもりだったようだが、実は最近この辺りに不審者情報も出ているから不安だった。
なので一つ提案。
「結夢。車で家まで送るよ」
大学受験終わった後、短期合宿で免許取ってて良かったと思った瞬間である。
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