第5話 天使な生徒に「あーん」されたデミグラスソースは甘かった

 ちなみに結夢の身長は、多分140センチもない。

 俺が身長180センチだから、水平方向に首を動かしただけだと結夢が見つからない事がある。

 俺の肩より下くらいにいるんだもん。

 

 で、なんでこんな事を思ったかというと、台所に隣同士で並んでいるからだ。

 エプロン姿で何故か動きが硬くなっている結夢が、物凄い頬を赤らめていたからだ。

 多分赤くなってる理由は、俺との距離が近いから、だろうか。

 

「俺でかくなったから、昔より台所狭く見えるかもな……」

「だ、大丈夫です。私小さいので……どんなす、隙間にも入り込めます」


 料理に一番必要ないスキルのような気がする。

 眼鏡の奥の眼がかなり泳いでる。少し和ませるか。


「しかしエプロン持ってきたって事は、ちょっとご飯を一緒に食べれると期待してたな? さては」

「あっ、つ、つ、つ、そ、それは、は、は、はい、ごめんなさい……!」


 謙遜する結夢と、誤魔化すのが下手な正直者の結夢が戦っているのを見た。

 昔もそうだったけど、ここまで症状進んでなかったんだけどな。


「でもそのエプロン凄い似合ってるな。結構使い古してる感もあるし。結構家事してきたんだな」

 

 でもエプロン姿は昔より様に成ってる気がする。あどけなくて小さくて、小学生でも通じるかもだけど、何故か矛盾してそんな安心感を感じるんだよな。

 いいお母さんになるのは間違いないだろうな……。

 あれ? 結夢からの反応がない。

 

「……………………………………………………………………………………」

 

 今、結夢の頭にやかんを置いたらすぐに沸騰しそうな気がする。

 顔が真っ赤で真っ赤な真っ赤になっていて、体が硬直していた。

 そんなに嬉しかったの!? 料理の度にこんな反応をしてたら怪我しないか心配だぞ先生は。

 

「……折角だからあそこでぐてーってなってる菜々緒みたいにくつろいで来いよ」


 と提案したが、物凄い勢いで首を横に振ってきた。首が取れるぞ。


「それは駄目です……! 御馳走になっているだけでは駄目ですから……! せめて料理を手伝わせてください」

「お、おう、了解……」


 そう言うと、集中しきった表情に変化して、手馴れた包丁さばきを見せてくれていた。

 皮むき、細分化、包丁さばきの基本が染みついてやがる。

 まな板をとんとん叩く音がしている間、俺は思わず見入っちまっていた。

 俺の料理スキルなんて話にならないくらいこの子、料理が上手くなってる。

 

「結夢ちゃんー、お兄ちゃんがやってくれるからそんな気張らなくて大丈夫だよぉ」

「お前はもう少し気張って何か手伝え」


 リビングのソファーから結夢の料理姿を見つつ、要はオムライスが出てくるのを待つだけの愚かな妹には容赦しない。


「お前も高校生になった事だし、もう少し働くという事を覚えてもらおうか」

「えー、手伝ってるじゃん。応援で。応援ってね、本来は手助けするって意味なんだよぉ」

「声出す応援をそんな都合よく使うな」

「ななちゃん……! 良かったら皿洗い、一緒にやろうね!」

「結夢ちゃんが言うなら了解っす」


 結夢の言う事には従うのかよ。

 というか流石だ。家の中ではニートな菜々緒の動かし方は直ぐに思い出したみたいだ。

 

 しかし菜々緒の事を今回はあまり悪く言えない。

 手際が良すぎて俺が入る隙、殆ど無い。

 チキンライスも既にフライパンの中で見事な色合いで熱されてるし、卵も既にとかれている。

 更に電子レンジから何か出てきた。デミグラスソース!? いつの間に作ってたんだよこの子。

 そこはケチャップ程度にしようかと思ってたのに、ゼロから作ったのか!?

 

「あ、あの……ちょっと味見、お願いしてよろしいでしょうか?」

「お、おお……」


 褐色のソースを匙にちょこんと載せて、俺の口に伸ばしてきた。

 しかし結夢の背丈が足りない! それに気づいても、既に爪先立ちによる水増しはピークを迎えていた。

 零れない様に右手でしっかり握って、左手を受け皿にして。


 眼鏡の奥のぱっちりとした瞳は、俺とデミグラスソースを交互に行ったり来たりしていた。

 目は口程に物を言うなんて言葉があるが、必死に何かに耐えているかのように真っ赤になった頬がそれ以上に結夢の心情を更に俺に訴えかけていた。

 

 要はやっている事「あーん」な訳だ。

 いや、俺も恥ずかしいんだよ。スプーンを持つなんて俺がやりたいよ。というか先生がやられてはいけない事だよ。

 でもなんだか、そんな現実解を持っていくのも違う様な気がして。彼女の勇気に答えていない様な気がして。

 先生がどうというより、人間として、弾けそうな尊くて儚いこの表情を崩すわけにはいかない気がして。

 結夢が限界を迎える前に、そのソースにかぶりついた。


「おお」


 菜々緒、揶揄う様な反応するんじゃない。その向けているスマホのレンズを降ろせ。横目で見えてんだよ。

 しかし俺としても、舌を優しく包み込むまろやかな味の感想を口にする義務があった。


「めっちゃ、いいと思う……」

「や、やった……! あ、ありがとうございます……!」


 今日一番、結夢の顔が輝いていた瞬間だった。

 デミグラスソースとは真逆の、甘美な味をした。

 二つの香りを同時に味わえて、俺も勇気出した甲斐があった。

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