第4話 「お母さん! おたくの娘さん、先生の家に上がってますけどいいんですか!?」
「な、ななちゃん、やっぱり柊先生の部屋で待っているのはマズいですよぉ……」
「大丈夫だって。基本お兄ちゃんは部屋片づけてるから。一応私も下見したし」
俺の部屋勝手に言い争う二人。
それを見ながら、俺は一旦頭を冷静に戻す。オーケー。状況は受容した。
まず結夢が家に上がっている事について、対処をどうするかは後回しだ。
一旦状況を掴まないといけないな。
まずは妹から事情聴取だ。
「ヘーイ、菜々緒ー?」
菜々緒を指さす。
何故か英語圏の人みたいな発音になってしまった。
「ちょっと来ませい」
結夢を刺激しない様に、にっこりと笑いながら菜々緒を手招きする。
結夢よ何故顔を引きつらせる。俺の顔そんなに変か。
「さーて、なんでこんな事しちゃってくれてんのかなぁ。生徒が自分の部屋に入っているって中々クリティカルな事案じゃないの……」
廊下に出た所で結夢に見られない様に、胡散臭そうに口笛吹く菜々緒の頬を掴みながら問い詰める。
「何で俺の部屋に、結夢がぽつねんと座っているのか……!? 話すまで晩飯抜きだ」
「ふふん、サプライズ感あるでしょ」
「ふふんじゃねえよ胸張るなドヤ顔するな! めっちゃ結夢も困惑してんでしょうが!」
「大丈夫だよ。下見して散らかってないか、18禁な本がないかはチェックしたから。まあ一応スマホからいやらしいサイトの履歴は消しといてねぇ」
「そんな所は気にしてないし疚しい所はないし、今論点そこじゃないからね」
頬を掴んでいた手に力を入れる。
くそっ、タコみたいな反応しやがって。俺がほっぺた潰してるせいだけど。
「生徒を家に入れた時点でマズすぎんの!」
「えー? だって結夢ちゃんだよ? 別にいいじゃん。塾講師と生徒なんて付き合ってたっておかしくないって」
「おかしいんだよ! 俺のクビがかかってんだよ! 最悪未成年連れ込んだっつって逮捕だわ!」
「うわぁ。お兄ちゃん、もう江戸自体から150年、元号も5回変わった令和だよ? その程度で斬首はないよ」
「誰が物理的な首っつったよ! バイトを懲戒解雇させられる可能性があるの!」
「えー? でもそれって親からクレーム入った時だけだよね」
「いやいやそれに限らず……誰に電話してんの?」
説教してる時にスマホを弄る様な子に育てた覚えはありませんが。
「ほい。出て」
「いや、何で電話に出なきゃいけないんだ……」
俺も耳差しだしたのは悪いけど。
すぐに折り返しお電話をお願いしようと思ったその矢先だった。
『おっ、礼人君久しぶり! 元気してた?』
「ゆ、結夢の母さん? 久しぶりっす!」
流石に切るわけにはいかなかった。
三年ぶりに結夢の親と話しているからだ。
『ごめんねぇ。二ヶ月前に帰ってきてたんだけど、何の挨拶もできなくてさぁ』
「いやぁ、引っ越しやら受験やらで大変だったでしょう」
『そうなのよー。ところで礼人君、聞いたよ! 今うちの娘の塾講師してるんだってね!』
早速面倒な所に突っ込んできおった。
結夢の慎重さとか真面目さは多分父親譲りで、母親は割と突っ込んだ性格をしているのも変わらない。
まずい。幼馴染とはいえ、塾講師が生徒を家に上げているなんて親に知れたら……。
だがここは誠実に、正直に生きねばならない。嘘をつけば後で嘘を重ねる結果になる。
「つ、つきましてはですね……結夢ちゃんが家にいる事については、塾の講師として申し訳ないと思っておりまして……」
『いやいや、何を言ってるのさ! 礼人君なら大丈夫よ』
あ、親の許可出ちゃった。
あっさり出ちゃった。
『もともと真面目だったけど更に真面目になっちゃった感じねぇ。寧ろ安心したわ。今でも貴方達兄妹が結夢の味方でいてくれる事に』
「えっ? それってどういう……」
『あっ、今仕事中でね。近い内に今日のお礼はさせてもらうから、またねー』
「えっ、ちょっ」
切られた。相変わらずせっかちな人だ。
というかまじですか。親の公認入っちゃったよ……。
年頃の娘さんが男の家にいるんだぞ! もう少し心配してあげようよ!
俺が変に警戒しすぎているだけ?
「よし、これで安心だね」
いや、全然まだ問題はある。山積している。
この事が他の生徒に知られた場合、「お宅の塾は生徒を家に連れ込んでいるんですかっ!」ってなる。
だが……あくまで結夢は妹の親友として家に上がっているのだ。それならば何の問題もあるまい。
もしかしたら、俺は少し保身に走り過ぎていたのかもしれない。
勿論警戒はしないといけないが、塾とは何も関係ない妹と結夢の繋がりを穢すのもまた違うな。
何より俺自身、教師としてではなく幼馴染として結夢と会話がしたかったところだ。
久しぶりなせいか、遠慮しがちな表情でこっちを覗いてくるあの顔を、早く笑顔で染めたいしな。
不意によく手を引いていた小学校時代を思い出しながら、小さなままの結夢に声をかける。
「丁度今日、結夢の好きなオムライスだったんだ。食べるか?」
「えっ、わ、私の好きな料理、覚えてて……くれたんですか?」
たどたどしい口調ながらも、結夢は心からの笑顔になっていた。
すぐにカーディガンの袖で口元隠しちゃったから見えなくなっちゃったけど……いや、その仕草も結構見てて和むんだけどね。
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